宇宙のはなしと、ときどきツーリング

モバライダー mobarider

質量や大きさ、周囲の環境が違っても、ガス供給やジェットの放出などの物理過程は超大質量ブラックホール間で普遍的なのかも

2024年05月11日 | ブラックホール
今回の研究では、天の川銀河の中心に潜む超大質量ブラックホール“いて座A*(エースター)”のごく近傍で、電波の偏光をとらえることに成功。
新たに得られた偏光の画像からは、ブラックホールの縁から渦巻状に広がる整列した強い磁場が発見されました。

この磁場構造は、M87銀河の中心にある超大質量ブラックホールと驚くほど似ていて、強い磁場がすべてのブラックホールに共通して見られる可能性を示唆しています。

さらに、この類似性は、“いて座A*”に隠されたジェットがある可能性も示唆しているようです。
この研究は、国際研究チーム“イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)・コラボレーション”が進めています。
本研究の成果は、2024年3月27日付でアメリカの天体物理学雑誌“Astrophysical Journal Letters”に掲載されました。
図1.天の川銀河中心の超大質量ブラックホール“いて座A*(いてざエースター)”の偏光画像。国際研究チーム“イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)コラボレーション”は、2022年に天の川銀河中心の超大質量ブラックホールの史上初の画像を公開。本成果により、この超大質量ブラックホールの新たな姿が偏光でとらえられた。この画像は天の川銀河の超大質量ブラックホール周囲の偏光を示している。天の川銀河中心の超大質量ブラックホールのこれほど近傍に、磁場の構造を映し出す偏光がとらえられたのは史上初めてのこと。線は偏光の方向を示していて、ブラックホール周囲の磁場に関係している。(Credit: EHT Collaboration)
図1.天の川銀河中心の超大質量ブラックホール“いて座A*(いてざエースター)”の偏光画像。国際研究チーム“イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)コラボレーション”は、2022年に天の川銀河中心の超大質量ブラックホールの史上初の画像を公開。本成果により、この超大質量ブラックホールの新たな姿が偏光でとらえられた。この画像は天の川銀河の超大質量ブラックホール周囲の偏光を示している。天の川銀河中心の超大質量ブラックホールのこれほど近傍に、磁場の構造を映し出す偏光がとらえられたのは史上初めてのこと。線は偏光の方向を示していて、ブラックホール周囲の磁場に関係している。(Credit: EHT Collaboration)


ブラックホール近傍の電波の偏光

2022年のこと、地球からおよそ27,000光年の距離にある“いて座A*”の画像が初めて公開され、天の川銀河の超大質量ブラックホールはM87の1000倍以上も質量とサイズが小さいにもかかわらず、見た目は驚くほど似ていることが明らかになりました。

このことから研究チームが考えたのは、この2つのブラックホールには外見以外の共通点があるのではないかということ。
そこで今回の研究では、“いて座A*”のごく近傍で電波の偏光でとらえ、その画像から研究を進めています。

以前、報告されたM87の研究で明らかになっているのは、超大質量ブラックホールの周囲の磁場によって、強力なジェットを周囲の環境に放出することができることです。
この研究に基ずくと、今回新たに得られた画像から、“いて座A*”についてもM87のブラックホールと同じことが言えるかもしれません。

今回の画像から分かるのは、天の川銀河の中心にあるブラックホールの近くに、渦巻くように整列した強力な磁場があるということ。
“いて座A*”の偏光構造が、より大きく、強力なジェットを伴うM87のブラックホールに見られるものと驚くほどよく似ていることに加え、重要なのは、秩序だった強い磁場により、ブラックホールが周囲のガスや物質とどのように相互作用するのかといことだと分かりました。
図2.多波長で見る天の川銀河の偏光。左図は天の川銀河の中心に位置する超大質量ブラックホール“いて座A*”の偏光を示したもの。線は偏光の方向を示していて、これはブラックホール周囲の磁場に関係している。中央の図は成層圏赤外線天文台“SOFIA”がとらえた天の川銀河の中心領域の偏光。右上の図は赤外線天文衛星“プランク”によってとらえられた天の川全域のチリからの偏光を示したもの。(Credit: 左図:EHT Collaboration, 中央図: NASA/SOFIA, NASA/HST/NICMOS, 右図: ESA/Planck Collaboration)
図2.多波長で見る天の川銀河の偏光。左図は天の川銀河の中心に位置する超大質量ブラックホール“いて座A*”の偏光を示したもの。線は偏光の方向を示していて、これはブラックホール周囲の磁場に関係している。中央の図は成層圏赤外線天文台“SOFIA”がとらえた天の川銀河の中心領域の偏光。右上の図は赤外線天文衛星“プランク”によってとらえられた天の川全域のチリからの偏光を示したもの。(Credit: 左図:EHT Collaboration, 中央図: NASA/SOFIA, NASA/HST/NICMOS, 右図: ESA/Planck Collaboration)


特定の方向に起こる偏った振動

光や磁場などの電磁波は、電場と磁場の振動が波として伝わります。
私たちの目がとらえる可視光もの一種です。

光の波は、ある特定の方向に偏って振動することがあり、私たちはそれを“偏光”と呼んでいます。
偏光は地球上でもありふれたものですが、人間の目には通常の光と区別がつきません。

ブラックホール周辺のプラズマでは、磁場の周りを渦巻く粒子が、磁力線に垂直な偏光パターンを与えます。
このブラックホール周囲の領域の偏光をとらえることで、その磁力線を画像化することができる訳です。

さらに、ブラックホール近傍の高温のガスからの偏光を画像化することで、ブラックホールに落ち込む、あるいは排出されるガスを取り巻く地場の構造と強さを直接調べることができます。

偏光は、ガスの特性やブラックホールに物質が供給された際に起こる現象など、天体物理学の重要な問題について、より多くのことを教えてくれます。


ブラックホール近傍の偏光の画像化

偏光でブラックホールを撮影するのは、偏光サングラスをかけるほど簡単なことではありません。
“いて座A*”の場合は特に難しく、天体の構造が観測中に時事刻々と変化していくので、撮像している間じっとしていてはくれません。

このため、“いて座A*”の撮像には、よりゆっくりと変動し観測中は構造が変わらないM87の撮像に使われた以上の高度な画像化手法が必要となりました。

本の表紙だけを見てもその内容を推測するのは難しいように、偏光を通常の電波画像から予測することは困難です。
ましてや、“いて座A*”の構造は撮影中動き回っているので、通常の電波画像の取得さえ難しいものとなります。

それでも、偏光の画像化が可能となったのは驚くべきことでした。
それは、一部の理論モデルが、偏光撮像が不可能なほどの激しい変動を予測していたからです。
自然は、それほど残酷ではなかったようで、偏光画像を手に入れることができました。

得られた画像とそれに付随するデータは、異なるサイズと質量のブラックホールを比較対照する新しい方法を提供してくれます。
技術が向上すれば、この画像からブラックホールの秘密や類似点、相違点がさらに明らかになるはずです。

今回の研究では、“いて座A*”の磁場構造がM87と非常に似ているという事実が明らかになりました。
このことは、質量や大きさ、周囲の環境の違いにもかかわらず、ブラックホールにガスが供給され、またその一部がジェットとして放出される物理過程が、超大質量ブラックホール間で普遍的である可能性を示していて、重要な発見と言えます。

この結果により、理論モデルとシミュレーションをさらに改良し、ブラックホールの事象の地平面付近で物質がどのような影響を受けるかについて、より理解を深めることが可能になります。
図3.巨大楕円銀河“M87”の中心にある超大質量ブラックホールと“いて座A*”の偏光画像の比較。超大質量ブラックホール“M87”と“いて座A*”の偏光画像には渦巻状の構造が共通して見られ、これらのブラックホールの縁が類似した磁場構造を持つことが示された。これはブラックホールにガスが供給され、その一部がジェットとして噴出される一連の物理的過程が超大質量ブラックホールの間で普遍的である可能性を示唆している。(Credit: EHT Collaboration)
図3.巨大楕円銀河“M87”の中心にある超大質量ブラックホールと“いて座A*”の偏光画像の比較。超大質量ブラックホール“M87”と“いて座A*”の偏光画像には渦巻状の構造が共通して見られ、これらのブラックホールの縁が類似した磁場構造を持つことが示された。これはブラックホールにガスが供給され、その一部がジェットとして噴出される一連の物理的過程が超大質量ブラックホールの間で普遍的である可能性を示唆している。(Credit: EHT Collaboration)
イベント・ホライズン・テレスコープ”では、2017年以来数回の観測を行い、2024年4月に再び“いて座A*”を観測する予定です。
さらに、観測毎に新しい望遠鏡、より広い帯域幅、新しい観測周波数を取り入れるなどのアップデートを行っているので、画像は毎年向上しています。

今後10年間に計画されている拡張により、“いて座A*”の信頼性の高い動画の作成が可能となり、隠されたジェットが明らかになるかもしれません。
また、他のブラックホールでも同様の偏光特性を観測できるようになっているかもしれません。

一方、イベント・ホライズン・テレスコープ”を宇宙に拡張することで、ブラックホールの画像をこれまで以上に鮮明にすることができると考えられます。


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カール・セーガンは30年前に異星人探しの実験をしていた! 木星探査機“ガリレオ”の観測データを用いた地球上の生命発見

2024年05月10日 | 地球外生命っているの? 第2の地球は?
1989年10月のこと、NASAの木星探査機“ガリレオ”が打ち上げられました。
“ガリレオ”は木星に到達するのに十分な速度を得るため、まず太陽系内を何度か周回し、地球や金星をフライバイ(※1)して加速する必要がありました。
※1.探査機が、惑星の近傍を通過するとき、その惑星の重力や公転運動量などを利用して、速度や方向を変える飛行方式。燃料を消費せずに軌道変更と加速や減速が行える。積極的に軌道や速度を変更する場合をスイングバイ、観測に重点が置かれる場合をフライバイと言い、使い分けている。
図1.NASAの木星探査機“ガリレオ”が600万キロ離れた場所から見た地球と月。(Credit: NASA)
図1.NASAの木星探査機“ガリレオ”が600万キロ離れた場所から見た地球と月。(Credit: NASA)

フライバイを行ったとき、ガリレオは本来の目的である木星探査に先立って地球を観測しています。

その観測でカール・セーガン(※2)率いる科学者グループは、“ガリレオ”に搭載された観測機器から得られたデータを用いて、地球上に“生命”を発見。
今からおよそ30年前のことでした。
※2.カール・セーガン(Carl Sagan, 1934-1996)はアメリカの天文学者。バイキングやボイジャー、ガリレオなどの惑星探査計画に携わり、“コスモス”やSF小説“コンタクト”などの著作でも有名。


生命の痕跡を見逃す可能性

私たちは、人類を含む生命が地球上に存在することを知っています。
でも、異星人の立場になって、“ガリレオ”と同様の観測機器を搭載した宇宙船を太陽系の第3惑星(地球)に接近させ、観測したと仮定してみてください。
図2.NASAの木星探査機“ガリレオ”から見た地球。(Credit: NASA)
図2.NASAの木星探査機“ガリレオ”から見た地球。(Credit: NASA)
“ガリレオ”には、木星とその衛星の大気や宇宙環境を研究するために設計された、撮像カメラ、分光器、電波実験装置を含む様々な機器が装備されています。
ただ、これらの装置は生命探査を目的としたものではありませんでした。

もし、私たちがその惑星について他に何も知らなかったとしたら、生命を見つけるために設計されたわけではない機器だけを用いて、明確に生命を発見することができるのでしょうか。

2000年代半ばに、微生物の存在が知られているチリのアタカマ砂漠にある火星のような環境から土のサンプルを採取し、1970年代に行われたNASAのバイキング計画(※3)と同様の実験(微生物の検出)が試みられました。
※3.バイキングは、NASAが1975年に打ち上げた2機の探査機による火星探査計画。火星土壌中の微生物の検出が主な目的だったが、結果的に生命存在の証拠は得られなかった。
ところが、そのサンプルから生命の存在は確認できなかったんですねー
この実験結果は、たとえ生命の存在が知られていたとしても、生命の痕跡を見逃す可能性があることを示唆していました。


液体の水と大気中の酸とメタンを検出

“ガリレオ”による地球観測で重要なのは、セーガンが率いた研究者たちが、地球上に生命が存在するという前提に立つことなく、データだけから結論を導き出そうとしたことです。

“ガリレオ”に搭載された近赤外線マッピング分光計“NIMS”は、地球大気全体に分布するガス状の水、極地の氷、海洋規模の液体の水を検出していました。
さらに、-30℃~+18度までの温度も記録しています。
ただ、液体の水は生命が存在するための必要条件ではあっても、十分条件ではありません。

また、“NIMS”は地球の大気中に酸素とメタンを検出。
これらは、他の既知の惑星と比較して高濃度なものでした。

酸素とメタンは、いずれも反応性の高いガスで、他の化学物質と急速に反応し、短時間で消滅してしまいます。
それにもかかわらず、高濃度が維持されているということは、何らかの手段で継続的に補充されている必要があります。
ただ、これらのガスも生命の存在を示唆するものですが、証明するものではありません。

一方、他の機器が検出していたのは、太陽からの有害な紫外線から地表を保護するオゾン層の存在でした。
もし、地表に生命が存在していれば、オゾン層によって紫外線から保護されている可能性があります。


撮像カメラがとらえた画像

撮像カメラによる画像には、海、砂漠、雲、氷、そして南アメリカの暗い色合いの地域が写っていました。

もし、予備知識があれば、その地域に熱帯雨林が広がっていると分かるはずです。

でも、より多くの分光測定と組み合わせることで、その領域での赤色光の明確な吸収が判明。
セーガンたちは、光合成植物によって吸収された光を強く示唆していると結論付けました。

もっとも解像度の高い画像は、オーストラリア中央部の砂漠と南極大陸の氷床で、都市や農業の明確な証拠は含まれていません。
また、“ガリレオ”は太陽光が地表を照らす日中に最接近したので、夜間の街の明かりも見えませんでした。


文明が放射する周波数が固定された狭い帯域の電波

興味深かったのは、“ガリレオ”のプラズマ波電波実験でした。

宇宙空間は自然由来の電波放射で満ちていますが、そのほとんどは多くの周波数にわたって発生する広帯域の電波です。
対照的に、人工的な電波源は狭い帯域で発生します。

YouTubeのSpace Audioチャンネルで公開されている動画では、土星探査機“カッシーニ”がとらえた土星大気から発生する自然由来の電波を、音で聞くことができます。
この電波は、ラジオ放送とは異なり、周波数が急激に変化しています。
カッシーニ電波・プラズマ波科学装置(RPWS)がとらえた土星の不気味な電波音
“ガリレオ”が検出していたのは、地球から届く周波数が固定された狭い帯域の電波放射でした。
これは、技術を持つ文明から生じたものであり、19世紀以降でなければ検出できなかったはずだと結論付けられています。

もし、異星人の宇宙船が地球誕生から数十億年のどこかの時点で地球を通過していたとしても、地球上に文明があったという決定的な証拠は見つけられなかったはずです。

ただ、地球外生命が存在するという証拠がまだ見つかっていないことは、おそらく驚くべきことではありません。
それは、上空数千キロ以内を飛行する宇宙船でさえ、地球上の人類が築いた文明からの証拠を検出できる保証がないからです。

セーガンは、「科学とは単なる知識の集まりではなく、考え方である」と語ったことで有名です。
言い換えれば、人間が新しい知識を発見する方法は、知識そのものと同じくらい重要ということです。

この意味で、セーガンたちが行った研究は一種の“対照実験”で、ある研究や分析方法が、私たちが既に知っていることの証拠を見つけられるかどうかを問うことと言えます。

現在、5000個を超える太陽系外惑星が発見されていて、いくつかの惑星の大気中には水の存在さえ検出されています。

でも、セーガンの実験は、これだけでは十分ではないことを示しています。

地球外の生命や文明の存在を明確に証拠づけるには、光合成のようなプロセスによる光の吸収、狭い帯域の電波放射、適度な気温と気候、自然現象では説明が難しい大気中の化学物質の挙動などを、相互に裏付けて組み合わせる必要性が高いと言えます。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡のような観測装置の時代に入っても、30年前と同じように、セーガンの実験は今でも有益と言えます。
本記事は、2023年10月20日付で“The Conversation”に掲載されたガレス・ドリアン(Gareth Dorrian)さん執筆の記事“Carl Sagan detected life on Earth 30 years ago – here’s how his experiment is helping us search for alien species today(カール・セーガンは30年前に地球上に生命を発見した - 彼の実験が今日の異星人探索にどのように役立っているのか)”を元に再構成したものを参考としています。


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やっぱり月面から飛び出した破片? 地球を周回しているように見える準衛星“カモオアレワ”を生み出したクレーターを特定

2024年05月09日 | 太陽系・小惑星
469219番小惑星“カモオアレワ(Kamo oalewa)”(※1)、は見た目は地球の周囲を公転しているように見える“準衛星(Quasi-satellite)”の一つです。

その公転軌道や表面の物質の観測結果が示しているのは、カモオアレワが普通の小惑星よりも月に類似していること。
このことから、カモオアレワが月の破片だという証拠探しが行われています。

今回の研究では、カモオアレワのような破片が月の表面から飛び出すには、どのような条件が必要かをシミュレーションで解析しています。

その結果分かってきたのは、数百万年前に直径10~20キロのクレーターを作るような天体衝突が、カモオアレワのような準衛星軌道を持つ小惑星を飛び出させるということでした。

これほどの直径と若さを持つクレーターはジョルダーノ・ブルーノしかないので、研究チームではカモオアレワの起源がジョルダーノ・ブルーノである可能性がとても高いと考えているようです。
※1.日本語表記は“カモオアレワ”が一般的だが、ハワイ語の発音に忠実ではないとされている。ただ、正式な表記が定まっていないので、本記事内では“カモオアレワ”を使用している。より原語に近い表記として“カモッオアレヴァ”や“カモ・オーレヴァ”が提案されている。

この研究は、清華大学のYifei Jiaoさんたちの研究チームが進めています。
図1.カモオアレワが月から飛び出した破片を起源とする可能性を念頭に描かれたイメージ図。(Credit: Addy Graham(University of Arizona))
図1.カモオアレワが月から飛び出した破片を起源とする可能性を念頭に描かれたイメージ図。(Credit: Addy Graham(University of Arizona))


月を飛び出し地球の周りを公転しているように見える小惑星

2016年に発見されたカモオアレワは、私たちから見ると、地球の周りを1年かけてゆっくりと公転しているように見える奇妙な小惑星です。

ただ、これは見かけの動きなんですねー
太陽から見ると、地球とカモオアレワはそれぞれ独自に太陽を公転しています。

このように、実際には地球の衛星ではないものの、見た目の上では衛星のように振る舞う天体を“準衛星”と呼びます。
図2.カモオアレワの公転軌道(黄色)。私たちからは地球を周回する衛星に見えるが、実際には太陽を公転している。このような軌道を持つ小惑星を準衛星と呼ぶ。(Credit: NASA & JPL-Caltech)
図2.カモオアレワの公転軌道(黄色)。私たちからは地球を周回する衛星に見えるが、実際には太陽を公転している。このような軌道を持つ小惑星を準衛星と呼ぶ。(Credit: NASA & JPL-Caltech)
地球近傍小惑星(※2)は3万個以上見つかっています。
そのうち準衛星は数個しかなく珍しい存在ですが、カモオアレワはその中でも注目を集めています。
※2.公式な定義としては、近日点距離(太陽に最も近づく距離)が1.3au(約2億キロ)未満の公転軌道を持つ小惑星のこと。より口語的には、地球の公転軌道に接近または交差する公転軌道を持つ小惑星のこと。
まず、望遠鏡による観測結果から分かっているのは、カモオアレワの表面を構成する物質が他の小惑星とは似ていないこと。
むしろ月の物質に類似しているという結果が得られているんですねー
このことは、月の表面に別の天体が衝突して飛び出した破片の一つがカモオアレワである可能性を示唆しています。

また、カモオアレワは準衛星である期間と、それ以外の期間を何回か繰り返していると推定されています。
現在のカモオアレワは準衛星の期間にいますが、その長さは約300年で、これは約3800年間安定とされている“2023 FW13”に次いで2番目に長寿命です。
他の準衛星がせいぜい数十年しか続かないことを考えると、その安定性はかなり高いと言えます。

カモオアレワは発見直後から安定的な順衛星だと判明した一方で、“2023 FW13”が安定的な順衛星だと判明したのは発見から10年以上経った2023年のことで、研究の長さにも差がありました。

ただ、カモオアレワが月の破片だとする仮説には賛否両論がありました。

否定的な意見の背景には、月を飛び出したという過去と、現在は順衛星であることとの矛盾があります。

小惑星が順衛星となるには、月や地球に対する相対速度がかなり遅い必要があります。
これに対して、月から飛び出した破片が月の重力を振り切るには、月に対する大きな相対速度が必要となるので、お互いに矛盾しているように見えます。

この矛盾については、確率こそ低いものの、月から飛び出した破片がカモオアレワのような順衛星軌道に到達する可能性を示した研究が2023年に提出されていました。


天文学的に若く大きな直径を持つクレーター

今回の研究では、カモオアレワのような破片が月から飛び出すには、どのような天体衝突を仮定すればよいのかを数値シミュレーションで解析。
その結果と一致するクレーターが、月に存在するかどうかの特定作業を行っています。

なお、この研究はアリゾナ大学が所管する月惑星研究所が主導しています。
月惑星研究所は、今回の研究の前提となる2つの論文でも主導的役割を果たしています。

カモオアレワの直径は40~100キロと推定されているので、天体衝突もそれなりに大きな規模となるはずです。

研究チームは、シミュレーションを重ねることで、月に衝突した天体の大きさは少なくとも直径1キロあり、衝突によって直径10~20キロのクレーターが生じたと推定。
後に、カモオアレワとなる破片は、衝突の衝撃で月の表面の地下深くから飛び出したと推定しています。

また、時々準衛星となるカモオアレワの現在の公転軌道の寿命を0.1~1億年と推定。
これは、他の地球近傍小惑星と比べても短いものとなります。
このことから、カモオアレワを生み出した天体衝突が起こったのは数百万年前という、天文学的に見てかなり最近の出来事だったことが予想されます。
図3.NASAの月周回衛星“ルナー・リコネサンス・オービター”が撮影したジョルダーノ・ブルーノクレーターの全体像。(Credit: NASA, GSFC & Arizona State University)
図3.NASAの月周回衛星“ルナー・リコネサンス・オービター”が撮影したジョルダーノ・ブルーノクレーターの全体像。(Credit: NASA, GSFC & Arizona State University)
そこで、研究チームが考えたのは、このような条件に合致するクレーターは一つしかないこと。
それは、地球から見て月のほぼ東縁にある“ジョルダーノ・ブルーノ”クレーターでした。

ジョルダーノ・ブルーノは直径が約22キロあり、JAXAが打ち上げた月周回衛星“かぐや”の観測結果によれば、その形成年代は100~1000万年前と推定されています。(※3)
※3.古い記録によれば、1178年6月18日に“月から炎が噴き出した”とするカンタベリーの修道士による記録があり、これがジョルダーノ・ブルーノを作った衝突という説もある。ただ、これほどの規模の衝突だと、地球に月の破片による流星群がもたらされると考えられるが、そのような記録はない。“かぐや”による観測結果も合わせると、ジョルダーノ・ブルーノが西暦1178年に形成されたとする説は否定的となる。
今回の研究で示された、これほどの直径と若さを持つクレーターはジョルダーノ・ブルーノしかないので、研究チームではカモオアレワの起源がジョルダーノ・ブルーノである可能性がとても高いと考えています。


月を起源とした地球近傍小惑星の割合

ただ、カモオアレワの起源を月に求める研究は、他の地球近傍小惑星の起源にも影響を与えそうです。

これまで、地球近傍小惑星は火星と木星の間にある小惑星帯が起源で、惑星の重力によって公転軌道が変化したものではないかと考えられてきました。
でも、カモオアレワに関する一連の研究が示唆しているのは、地球近傍小惑星の中には月を起源とする天体が相当数含まれている可能性でした。

今回のシミュレーションでは、衝突によって生じた直径10メートル程度の小さな破片が数万個、月から飛び出して太陽を公転するようになると推定されています。

大部分は、100万年未満という天文学的には一瞬のスケールで再び月に衝突したと考えられていますが、その一部はカモオアレワのように長期間安定した公転軌道を維持すると考えられます。

今回の研究が正しければ、小さな地球近傍小惑星のうち、月を起源としているものの割合はもっと多いかもしれません。


サンプルによる比較

2025年に中国国家航天局が打ち上げを予定している小惑星探査機“天問2号”(※4)により、カモオアレワからのサンプルリターンが計画されています。
なので、サンプルを地球に持ち帰れば、カモオアレワが本当に月の破片かどうかを確定できるはずです。
※4.仮称“鄭和(ていわ、チェン・フー)”
また、NASAが2027年に打ち上げを予定している“NEOサーベイヤー”のような地球近傍小惑星の探査ミッションで、月を起源とする天体が新たに見つかるかもしれません。

興味深いことに、私たちはすでにカモオアレワと同等のサンプルを持っているかもしれません。
当時のソ連が1976年に打ち上げた月着陸船“ルナ24号”が採取した月の石の中には、ジョルダーノ・ブルーノ由来の破片とされるサンプルが含まれています。

もしも、カモオアレワからのサンプルリターンが実現すれば、“ルナ24号”のサンプルと比較することで、この説が正しいかどうかわかりますね。


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ブラックホールの大きさを測るには? 光でも逃げ出せなくなる境界“事象の地平面”までらしいです

2024年05月08日 | ブラックホール
ブラックホールについての記事などを読むと、ブラックホールの大きさは“太陽の○倍の質量”というように、質量で表されているのを見ることが多いと思います。

例えば、私たちが住む地球が属している天の川銀河の中心には、“いて座A*(いてざエースター)”という超大質量ブラックホールが存在していて、その質量は太陽の約400万倍の質量を持っていると考えられています。

とても大きそうだということは何となく分かりますが、半径でいうとどれくらいになるのか想像は付きませんね。
Credit: NASA’s Goddard Space Flight Center; background, ESA/Gaia/DPAC
Credit: NASA’s Goddard Space Flight Center; background, ESA/Gaia/DPAC


重力で潰れたコンパクトな天体

太陽のおよそ8倍以上の質量を持った恒星が、進化の最終段階で鉄の中心核を作ると、鉄は宇宙で最も安定した元素なので、それ以上は核融合を行えなくなってエネルギーを作り出せなくなります。

恒星は、中心核で起こる核融合反応により自らエネルギー(外向きの圧力)を生成することで、重力(内向きの圧力)によって潰れるのを回避しています。
なので、核融合ができなくなると重力によって潰れる“重力崩壊”を起こすことになります。

この重力崩壊によって中心核の密度が十分高くなると、外側から落ちてくる物質を中心核で跳ね返して“II型超新星爆発”を起こすと考えられています。

そして、爆発の後に残されるのがコンパクトな天体です。
重力崩壊に対抗できる力が存在せず、無限に潰れてしまった天体はブラックホールとなり、ブラックホールになる手前で重力崩壊が停止した天体は中性子星となります。

中性子星は主に中性子からなる天体で、半径10キロ程度の表面が存在し、そこに地球の約50万倍の質量が詰まっていています。
では、ブラックホールはどうなんでしょうか?


光でさえ逃げ出すことができない境界面

ブラックホールにある程度以上近づくと、光でさえ逃げられなくなります。
そのような、内側に入った物体やエネルギーが、たとえ光速であっても再び外側に逃げ出すことができない境界面このとを“事象の地平面”と呼び、ブラックホールでは光でも逃げ出せないという性質の根幹となっています。

そして、事象の地平面の半径のことを“シュバルツシルト半径”と言います。
ブラックホールの大きさは、このシュバルツシルト半径のことになります。

ブラックホールの半径Rは、意外と単純な以下の計算式で求めることができます。

R=2GM/c2
式の中のMが質量、Gは万有引力定数、cは高速です。

物理定数のGとcの値はいつも変わらないので、ブラックホールの半径Rは質量Mに比例することになります。
例えば、太陽(質量1.98884×1030kg)のシュバルツシルト半径は約3キロ、もう少し正確に言うと約2.95キロとなります。

つまり、太陽を約3キロまでぎゅっと縮めることができれば、ブラックホールになってしまいます。
ちなみに、地球(質量5.972×1024キロ)だと、約9ミリになります。


銀河中心にある超大質量ブラックホールの大きさ

ブラックホールには、大質量星などからできる恒星質量ブラックホールと、銀河の中心部ある超大質量ブラックホールが存在することが知られています。

ブラックホールの質量と半径は比例するので、太陽の10倍の質量を持つブラックホールの半径は約30キロ、100倍の質量のブラックホールの半径は約300キロとなります。

恒星質量ブラックホールは、意外と半径が小さいと感じますね。
でも、銀河中心にある超大質量ブラックホールの半径だと、さすがにもっと大きくなります。

私たちの天の川銀河の中心にある超大質量ブラックホール質量は、太陽の約400万倍と考えられています。

このブラックホールの半径を計算すると、約1200万キロとなります。
太陽系では、太陽から一番内側の水星までの平均距離が約5790万9000キロなので、その4分の1ほどの半径です。

他の銀河の中心には、もっと質量の大きなブラックホールが存在しています。
例えば、太陽の5000万倍の質量を持つブラックホールの場合、半径は約1億5000万キロとなります。

この半径は、太陽~地球間の平均距離とだいたい同じもの。
つまり、太陽質量の5000万倍のブラックホールの大きさは、地球の公転軌道と同じくらいということになります。
さらに、質量が太陽の15億倍だと、半径がほぼ海王星の軌道と同じくらいになります。

銀河団“エイベル85”に属する銀河“ホルム15A”には、もっと質量が大きなブラックホールが存在しているようです。
この超大質量ブラックホール“ホルム15A”は、太陽の約400億倍の質量を持っていて、観測史上最大のブラックホールになるんだとか…

このブロックホールの半径は、私たちの理解を超える驚異的な大きさになるんでしょうね。


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火星ミッションで食料を賄う農業は可能か? フランスの研究グループが可能性を探る探査車“AgroMars”を提案

2024年05月07日 | 火星の探査
2016年に日本でも上映された映画“オデッセイ(原題はThe Martian(火星の人))”では、マットデイモン演じる宇宙飛行士マーク・ワトニーが火星に一人取り残されて、ジャガイモを栽培しながらサバイバルを続けるシーンがあります。

NASAでは、2040年までに火星への最初の有人飛行を実現するとしていますが、このような長期ミッションでは克服すべき課題がいくつかあります。
その一つが、火星滞在中の食料をどう確保するのかという問題です。

もちろん、最初の有人探査では、必要となる物資は地球から運搬することになるはずです。
では、続けて行われる火星での長期滞在ミッションでも、物資は地球から運搬されるのでしょうか?

やはり、火星ミッションでの生活に必要な物資は、一部でも火星で賄う必要があるはずです。

今回の研究では、火星で農業を実現できるかどうかを検証するために、土壌や大気を調査する探査ローバー(探査車)“AgroMars”を提案しています。
この研究は、フランス高等科学技術学院のSamuel Duarte Dos Santosさんが率いる研究グループが進めています。


火星の土壌を活用した宇宙農業

火星で農業を始めようとすると障害となるものがあります。
それは、地球の約1000分の6しかない気圧の低さや、摂氏マイナス153度からプラス20度の範囲内という極端な温度(差)、地球の約700倍もある高い放射線量といった過酷な環境条件です。

こうした困難に対処するため、土壌を必要としない“ハイドロポニックス(水耕栽培)”や“エアロポニックス(空中栽培)”の研究が進められています。

また、人工照明を備え、温度・湿度を調整できる特殊な“グリーンハウス”の実現や、過酷な環境でも農作物を生育できるようにする遺伝子工学の進展も、火星での農業を実現するための重要なカギとなるようです。
図1.火星で作物を育てる温室のコンセプト。LED照明と水耕栽培の利用を想定している。(Credit: NASA/SAIC)
図1.火星で作物を育てる温室のコンセプト。LED照明と水耕栽培の利用を想定している。(Credit: NASA/SAIC)
ただ、今回の研究では、こうしたハイドロポロニックスやエアロポロニックスとは別の角度から、火星での農業の可能性を追求しています。

火星の表面は、“レゴリス”と呼ばれる細かい砂状の物質の層で覆われています。
研究グループが探ろうしているのは、レゴリスによる“土壌”を活用して宇宙農業が実現できるかどうか。
映画オデッセイに近いやり方なのかもしれません。


火星の土壌を測定する探査車

今回の研究で提案しているのは、重量が約950キロの火星探査車“AgroMars”です。
NASAが運用中の“パーサビアランス”や“キュリオシティ”と似た性能を持つよう設計することが想定されています。
図2.研究グループが提案する火星探査車“AgroMars”。火星の土壌や大気を調査するために使用される。(Credit: M. Duarte dos Santos, et al. )
図2.研究グループが提案する火星探査車“AgroMars”。火星の土壌や大気を調査するために使用される。(Credit: M. Duarte dos Santos, et al. )
“AgroMars”の重量を考慮すると、打ち上げに必要なのは、20トン以上のペイロードを宇宙空間に輸送できるロケット。
スペースX社のファルコン9ロケットでの打ち上げを、研究グループでは想定しているようです。

“AgroMars”に搭載が想定されているのは、火星上の鉱物の組成を調べるための“X線・赤外線分光装置”、土性(※1)を調べるための“高解像度カメラ”、土壌が酸性なのかアルカリ性なのかを計る“pH計”、有機化合物の検出および分析のための“ガスクロマトグラフ質量分析計”などの科学装置です。
研究グループでは、これらのパラメータを計測することが、火星の土壌が農業に向いているかを検査するのに必要だと考えています。
※1.どの程度水分を含む(含みうる)のか、粒の粗さ、吸収出来る養分の量など、土壌性質のこと。
さらに、土性の計測を助けるドリルも“AgroMars”に搭載することが計画されています。

ミッションは5つの段階に分けられています。

まず、準備段階としてミッションの目的を定義し、導入段階でコンポーネントの信頼性を検証した後に、打ち上げ段階で火星への安全かつ精密な着陸を実現。

“AgroMars”が現地で探査した土壌サンプルのデータを地球へ転送し、追加のデータ分析によって火星の土壌が農業に向いているかどうかの評価が下されることになります。

研究グループの試算では、“AgroMars”の開発や打ち上げに約22億ドル、火星探査に約5億ドル、合計27億ドル程度の費用が必要となるようです。

こうした費用には、“AgroMars”に電力を供給するための放射性同位体熱電気転換器(※2)の費用も含まれています。
※2.放射性同位体熱電気転換器(Radioisotope Thermoelectric Generator; RTG)は、放射性同位体の崩壊時に発生する熱エネルギーを電気エネルギーに変換する原子力電池の一種。
“AgroMars”によるミッションを取り上げた宇宙開発・天文学ニュースサイト“Universe Today”は、ミッションが成功するかどうかは不明だが、火星に恒久的な基地を建設するのであれば、“AgroMars”のように火星の環境を理解することが必要だと記事を締めくくっています。


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