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小惑星の衛星セラムに働く力から年齢を200~300万歳と予測! コストが低く多くの小惑星に適用できる年齢推定方法

2024年05月18日 | 太陽系・小惑星
太陽系には無数に小惑星が存在していますが、実はその年齢を知ることは一般的に困難なんですねー

小惑星の年齢は、表面にあるクレーターの密度が推定の大きな手掛かりとなります。
ただ、この手法が使えるのは、探査機による接近観測が行われたほんの一握りの小惑星に限られてしまいます。

今回の研究では、NASAの小惑星探査機“Lucy(ルーシー)”が接近観測を行った152830番小惑星ディンキネシュの衛星セラムについて、力学的なシミュレーションを通じて年齢推定を行っています。
その結果、セラムの年齢はわずか200~300万歳で、相当に若いことが示されました。

さらに、この年齢はクレーターの密度を元に推定された年齢と一致していたんですねー

力学的な年齢推定は、望遠鏡などを用いた遠隔的な観測方法に適用できる手法です。
このことから、無数に存在する小惑星への幅広い適用が期待されます。
この研究は、コーネル大学のColby Merrillさんたちの研究チームが進めています。
図1.主星の小惑星ディンキネシュと、その衛星セラム(画像右下の小さな天体)。(Credit: NASA, Goddard, SwRI, Johns Hopkins APL & NOIRLab)
図1.主星の小惑星ディンキネシュと、その衛星セラム(画像右下の小さな天体)。(Credit: NASA, Goddard, SwRI, Johns Hopkins APL & NOIRLab)


小惑星はいつ形成されたのか

太陽系に無数に存在する小惑星は、いつ形成されたのでしょうか?
一昔前までは、一律に太陽系誕生時の約45億年前と考えられてきました。

でも、各国の小惑星探査機が小惑星の接近探査を行えるようになると、かなり最近になってから形成されたかもしれない、若い小惑星候補が見つかるようになってきました。

では、小惑星の年齢はどのように推定するのでしょうか?

その一つが、天体衝突で生じたクレーターの密度を測る方法です。
小さな小惑星には、表面を更新するような地質活動が無いので、クレーターの数は増えていく一方だと考えられています。
なので、小惑星の表面にあるクレーターの面積当たりの数を計測することで、年齢を推定することができます。

ただ、この手法は比較的正確に年齢を推定できる一方で、高価な小惑星探査機を打ち上げて表面の詳細な画像を得なければならないという難点もあります。

130万個以上発見されている小惑星の中で、探査機が接近探査を行ったのはほんの数十個ほど。
このため、正確な年齢を推定できたのは、ほんの一握りの小惑星になります。


偶然発見された小惑星の衛星

152830番小惑星ディンキネシュはNASAの小惑星探査機“ルーシー”による探査対象の小惑星です。

2023年11月の接近探査と写真撮影では、ディンキネシュとは別の未知の天体が撮影されていました。(※1)
この天体はディンキネシュの衛星で、セラムと名付けられています。
このセラムは、小惑星帯で接近探査の対象となった最も小さな天体の一つになりました。
※1.実は、最接近の数週間前には、ディンキネシュの明るさが時間と共に変化することから、二重小惑星の可能性が指摘されていた。今回の“ルーシー”による最接近時の観測で、二重小惑星ということが確かめられた。
木星のトロヤ群に属する小惑星は、初期の太陽系における惑星の形成・進化に関する情報が残された“化石”のような天体と考えられています。

これらの天体を間近で探査することから、ミッションと探査機の名前は、エチオピアで見つかった有名な化石人骨の“Lucy”に因んで名付けられています。

ちなみに、ルーシーは約320万年前に生息していたアウストラロピテクス・アファレンシスの一体。
小惑星ディンキネシュは、ルーシーの発見地であるエチオピアのアムハラ語での愛称に因んでいます。
ディンキネシュは、“あなたは驚異的だ”を意味していて、人類学におけるこの化石の重要性を表しています。

一方の衛星セラムは、2000年に発見された約332万年前のアウストラロピテクス・アファレンシスの化石人骨に因んでつけられた愛称で、アムハラ語で“平和”を意味します。
発見地が民族対立によって情勢が不安定な場所なので、あえて平和に対する願いを込めた名称となっています。

また、セラムは推定年齢3歳と、化石として残りにくい幼児だったことや、他の幼児化石と比べて保存状態が極めて良く、全身の約60%が見つかっていることから、発見が重要視されています。

偶然発見された衛星セラムも、ある意味で探査が予定されていたディンキネシュよりも興味深い観測対象だと言えます。

セラムは、その形状から2つの天体がくっついている“接触二重小惑星”だと推定されています。
接触二重小惑星自体はイトカワなど複数の発見例がありますが、衛星としての接触二重小惑星はセラムが初めての発見でした。

接触二重小惑星という形態に加え、直径約220メートルという小ささや、主星であるディンキネシュの大きさと形状から、セラムは大小様々な岩石が緩く結合した“ラブルパイル天体(rubble pile:瓦礫の積み重なり)”で、過去にディンキネシュから分裂した岩塊で形成されていることが予測されています。

これらの事実や予測は、セラムがディンキネシュと同時ではなく、別々のタイミングで生成された若い天体であることを示唆していました。
図2.画像右側が衛星セラム。接触二重小惑星であることがよくわかる。(Credit: NASA, Goddard, SwRI & Johns Hopkins APL)
図2.画像右側が衛星セラム。接触二重小惑星であることがよくわかる。(Credit: NASA, Goddard, SwRI & Johns Hopkins APL)


衛星セラムに働く力から年齢を予測

今回の研究では、セラムが形成されてからどのくらいの年数が経過したのかを、推定するためのシミュレーションを実施しています。
これは、セラムの形状が不規則なことや、小惑星の衛星という状況にあったため可能となった研究でした。

セラムのような状況にある天体に働く力は主に2つあります。

1つ目は潮汐力です。
セラムは、瓦礫の山と例えられるほど岩石同士の結合が緩いラブルパイル天体。
このため、自分自身の自転によって岩石が徐々に赤道付近に蓄積されていきます。

赤道付近の直径が大きくなるほど主星のディンキネシュから受ける潮汐力は大きくなるので、セラムの自転速度もその影響で変化します。

一方、セラムのような形状の天体には、もう1つの力“YORP効果(ヤルコフスキー・オキーフ・ラジエフスキー・パダック効果)”(※2)が働きます。
※2.小さく不規則な形状をした天体は、太陽放射によって自転周期が変化する(これをYORP効果と呼ぶ)。YORP効果のシミュレーションでは、自らが分裂するほど自転が加速されることがある。
球形から大きく外れた不規則な形状の天体に太陽光が当たると、向いた面によって熱を受ける時と放出するときのバランスが崩れてしまいます。
これによって、自転速度を加速または減速させる力が働くことになります。

セラムは、ディンキネシュとの連星と見做せるので、“BYORP効果(連星YORP効果)”の下で予測が行われました。
研究チームは、セラムに対する力学的なシミュレーションを100万回実施。
ディンキネシュからセラムが分裂して、現在の自転周期や公転周期に落ち着くまでにかかる時間を算出しています。

このシミュレーションは、現在のセラムにかかる潮汐力とBYORP効果が、互いに平衡状態(力が釣り合っている状態)に達しているという仮定の下で算出。
その結果、セラムが現在の状態になるまでにかかった時間は、中央値が297万年、最も出現する頻度が高いのは200~204万年という数値となりました。

このことから、研究チームはセラムの年齢は200~300万歳という結果をまとめています。

1億歳未満が“若い”と表現される天文学の世界において、200~300万歳と推定されるセラムの年齢は相当若いもの。
このことから、研究チームはプレスリーリース上で“赤ちゃん”と表現しています。

そして、偶然にも衛星セラムの年齢は、名前の由来となった幼児化石のセラムと同年代か、それよりも若いのかもしれません。


コストが低く多くの小惑星に適用できる年齢推定方法

今回の研究で重要な点は2つあります。

まず1つは、今回の研究で推定されたセラムの年齢が、これまでのクレーターの密度で測定する方法と同じだったという点です。

お互いに推定方法が全く異なっていて、使用されたデータにも共通点が無いのに同じ結果が得られたことを踏まえると、約200~300万歳というセラムの推定年齢は、正しい可能性が極めて高いことを示唆しています。

もう1つは、今回の推定方法が、原理的には接近探査を行っていない天体にも適用できるという点です。

クレーターの密度で年齢を推定するには、解像度の高い表面の撮影画像が必要となります。
そのためには、高価な探査機を送り込まなければなりません。

一方、今回の力学的シミュレーション研究を行うには、地上に設置された望遠鏡で観察した結果を使用すればいいので、コストは大幅に低くなり、適用可能な小惑星は大幅に増えることになります。

ただ、力学的シミュレーションでは、適用できるのが連星関係にある小惑星で、なおかつYORP効果が見られるほど小さな天体に限定されてしまいます。
さらに、大きさが推定可能なほど十分な観測記録が必要となるなど、ある程度の制約もあります。

それでも、この方法にはクレーターを利用する方法と比べて、ずっと多くの小惑星に適用できるという利点があります。

多数の小惑星の年齢を推定できれば、小惑星全体の“人口ピラミッド”のようなものも作れるはずです。
今回の研究は、セラムという1個の小惑星に留まらず、小惑星全体の進化を探る上でも重要な役割を果たすものと言えますね。


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初期の火星では有機物は生命活動ではなく大気中の一酸化炭素から作られていた!? 生命探査における有機分子の由来特定に役立つかも

2024年05月17日 | 火星の探査
火星の堆積物中に含まれる有機物は、大気中の一酸化炭素(CO)から生成されたものがあるようです。

火星の有機物は、異常な炭素の安定同位体比(※1)を持つことが知られていました。

でも、その原因は不明だったんですねー

そこで、本研究では大気中でCO2の光解離によって作られるCOが、この同位体異常を持つことを、室内実験と理論計算によって明らかにしています。
さらに、このCOは還元的な初期火星大気中では、有機物となり堆積することも分かりました。

研究チームでは、こうした実験結果を元にモデル計算を実施。
すると、驚くべきことに、最大で大気中のCO2の20%が有機物として地表に堆積したことも分かりました。

このような結果は、今後の火星探査に新しい展開をもたらすはずです。
また、さらなる研究により、生命発生前の初期惑星環境で、どのように有機分子が合成されていったのかについて、詳細が明らかにされることが期待されます。
今回の研究は、東京工業大学 理学院 地球惑星科学系の上野雄一郎教授、Alexis Gilbert准教授、藏 暁鳳研究員、東京大学 黒川宏之准教授、青木翔平講師、JAXA 臼井寛裕教授、コペンハーゲン大学 Matthew Johnson教授、Johan Schmidt博士たちによって進められました。
本研究の成果は、5月9日付のイギリスの科学雑誌“Nature Geoscience”に、“Synthesis of 13C-depleted organic matter from CO in a reducing early Martian atmosphere”としてオンライン掲載されました。

※1.ある元素のうち、質量数の異なるものを同位体と呼び、放射壊変せずに安定に存在するものが安定同位体となる。炭素の安定同位体には質量数12の12Cと質量数13の13Cの2種類があり、その比率13C/12Cを安定同位体比と呼ぶ。太陽系内の物質については、炭素のおよそ99%が12Cで、13Cは1%程度。ただ、13C/12Cを精密に計測すると、その比率は起源物質ごとにわずかに異なる。これを利用して環境物質の由来を推定することが可能となる。
図1.研究を元に復元した初期火成のイメージ。30億年以上前の火星には海もしくは湖が存在し、大気中では有機分子がCOから作られ地表に堆積していた。(Credit: Lucy Kwok)
図1.研究を元に復元した初期火成のイメージ。30億年以上前の火星には海もしくは湖が存在し、大気中では有機分子がCOから作られ地表に堆積していた。(Credit: Lucy Kwok)


初期火星の有機物はどうやって作られたのか

最近の火星探査によって、30億年以上前の初期火星には液体の水(海または湖)が存在していて、現在の火星と全く異なる環境にあったことが判明しています。

さらに、NASAの火星探査車“キュリオシティ”などによる現場分析では、当時の火星堆積物(約30億年前)の中には、有機物が含まれていることも明らかにされています。

でも、この有機物が生命活動によって作られたものなのか、隕石によって宇宙空間から火星にもたらされたものなのか、あるいは無機的な化学反応によって作られたのか、その起源は全く分かっていませんでした。

有機物の由来を推定する手がかりとして、探査車はこの有機物の安定同位体比(13C/12C)を精密に計測しています。

探査車の測定によると、火星の有機物はそれを構成する炭素の13C存在度が0.92%~0.99%。
この値は、生物の名残りである地球の堆積有機物(およそ1.04%)や大気中のCO2(1.07%)と比べると極端に少なく、また隕石中の有機物(およそ1.05%)とも似ていませんでした。

ここから推定されるのは、宇宙空間での反応や地球上の生物代謝とは異なる反応で火星の有機物が作られたこと。
ただ、このように極度の13C同位体異常を引き起こす反応“同位体分別(※2)”は、これまでに一つも知られておらず、どのようにすれば火星の有機物が作られるのかは全く分かっていませんでした。
※2.同位体比が変化するプロセスのことを同位体分別と呼ぶ。たとえば、植物などの光合成生物が大気中のCO2から有機物を合成する際には、12Cの反応速度がわずかに速いので、CO2(13C:1.07%)と比べて生物が作った有機分子は13Cの割合が少ない(およそ1.04%)。同位体分別がどれほど大きいかは、反応の種類や温度など環境条件によって異なっているが、火星有機物に見られるほどに13Cの割合を減らすことのできる同位体分別は、これまで知られていなかった。
図2.NASAの火星探査車“キュリオシティ”は約30億年前の堆積物をドリルで掘削し、その成分を分析している。図中の数字は、分析の結果得られた有機物の安定同位体比(13C/12C)を示している。(出所:東工大プレスリリースPDF)
図2.NASAの火星探査車“キュリオシティ”は約30億年前の堆積物をドリルで掘削し、その成分を分析している。図中の数字は、分析の結果得られた有機物の安定同位体比(13C/12C)を示している。(出所:東工大プレスリリースPDF)


太陽光によるCO2の光解離反応

今回の研究でチームが注目したのは、惑星大気中で有機物が作られる反応でした。
大気化学反応による同位体分別を、室内実験と理論計算の両面から調べています。

その結果分かったのは、様々な反応の中でも、太陽光(紫外線)によるCO2の光解離反応において、例外的かつ極端に13C存在度の低いCOが生成されることでした。

また、共同研究者で共著者の東京大学の青木講師たちが実施した火星大気の分光観測でも、CO2から生成した火星のCOは予測通り極端に13C存在度が低いことを明らかにしています。

これらの実験・観測・理論に基づくと、火星を含む地球型惑星の大気においてCOは主にCO2の光解離によって作られ、そのCOにおいては13C同位体存在度が低いことが考えられます。


有機物は火星大気中のCOから作られた

このCOのほとんどは、現在の地球や火星において、酸化され再びCO2に戻されてしまいます。

一方、酸素のない冥王代(※3)の地球や、地表に強力な酸化物がない初期の火星においては、大気は現在よりも還元的であったと考えられています。
※3.冥王代は、地球形成(約45億年前)から40億年前までの期間を指す地質年代。この期間の岩石記録は地球上には残っていない。生命が誕生する前の冥王代の地球は、大気に酸素(O2分子)が無く、現在よりも還元的な環境にあったと考えられる。
水素ガス(H2)などを含む還元的な初期大気中では、COがさらに反応し、ホルムアルデヒド(HCHO)や有機酸などの有機分子を生成することも、別の実験から明らかになっています。

つまり、初期火星の堆積物に含まれている13Cの少ない有機物は、当時の火星大気中でCOから作られたものだと考えられます。

さらに、今回の同位体分別の実験結果と上記の最新の知見を元に、モデル計算による初期火星炭素循環の解析を実施。
すると、当時の火星では、火山活動などを通して大気に流入したCO2のうち、最大で20%がCOを経由して13C同位体異常を持つ有機物に変換され、地表に堆積していたことが判明しました。
図3.(左)同位体分別のモデル計算による初期火成炭素循環の解析結果。当時の火星大気に存在したCO2の20%(0.8)がCOを経て有機物に変換されたとして同位体比を計算すると、観測で得られた火星CO2と有機物の炭素同位体比と一致する。(右)地球の有機物とCO2の同位体比。CO2と有機物(0M)の間には、火星で見られるほど大きな炭素同位体分別は見られない。(Credit: 出所:東工大プレスリリースPDF)
図3.(左)同位体分別のモデル計算による初期火成炭素循環の解析結果。当時の火星大気に存在したCO2の20%(0.8)がCOを経て有機物に変換されたとして同位体比を計算すると、観測で得られた火星CO2と有機物の炭素同位体比と一致する。(右)地球の有機物とCO2の同位体比。CO2と有機物(0M)の間には、火星で見られるほど大きな炭素同位体分別は見られない。(Credit: 出所:東工大プレスリリースPDF)


生命探査における有機分子の由来特定

今回の推定が正しければ、火星の堆積物中には有機物が想定外の量で存在している可能性があり、今後の火星探査によって大量の有機物が見つかるかもしれません。

現在、地球外の惑星環境における生命探査が国際的に進められていて、地球以外の天体に存在する有機分子の由来を特定するために、13C同位体異常が有用な手掛かりになることが期待されます。

また、大気中のCOから有機分子が生成される過程は、生命発生以前の初期地球でも同様だったと考えられます。
今回の研究は、生命がどのように発生したのかという根源的な人類の問いに対して、一つの重要なヒントを与えてくれたのかもしれません。

今後、研究チームでは、生命発生以前の惑星環境中で、どの種の有機分子がいかに生成されたのかについて、実験的に明らかにしていくそうです。
これにより、火星環境の進化についての詳細な解読が進むことが期待されます。

なお、国際的には火星堆積物のサンプルリターン計画が進行中です。
今回の研究では、初期火星の大気中でCOから有機分子が生成されたことを突き止めました。
ただ、この結果は、火星有機物の生命起源説を否定するものではありません。

大気由来の有機分子がさらに地表の生命の食料となった可能性や、他にも有機分子を合成する反応があったのかについても、研究を展開していくようですよ。


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生命と大気の両方を保護している地磁気は37憶年前に存在していた

2024年05月14日 | 地球の観測
地球は固有の強い磁場(地磁気)を持つ天体の一つです。

この地磁気は、陸上に棲む多くの生物にとって欠かせない存在で、地球誕生から徐々に強くなっていったと考えられています。
ただ、その正確な時期はよく分かっていませんでした。

今回の研究では、グリーンランドから産出した極めて古い岩石を調査。
その結果、この岩石から約37億年前の地球に地磁気が存在していた証拠を見つけています。

このことは、最も古い時代の地磁気の証拠になるもの。
また、その強度は現在と比べてもそれほど弱くない値なので、地磁気の形成や、古代の生命がどのように進化し、数を増やしたのかを探る上でも重要な発見になるようです。
この研究は、マサチューセッツ工科大学のClaire I. O. Nicholsさんたちの研究チームが進めています。
図1.有害な太陽風を遮断する地磁気は、生命と大気の両方にとってシールドの役割を果たしている。(Credit: NASA)
図1.有害な太陽風を遮断する地磁気は、生命と大気の両方にとってシールドの役割を果たしている。(Credit: NASA)


地磁気は生命と大気の両方を保護している

方位磁石が北を向くことからも分かるように、地球には固有の磁場“地磁気”が存在しています。

地球の磁場は、他の天体と比べるとかなり強度が高く、岩石などの固体物質を主体とした天体としては最も強度が高いという特徴があります。
この地磁気の存在は、地球が生命を宿す天体となった理由の一つと考えられています。

地磁気には、いくつかの恩恵があります。
重要なものの一つとして、宇宙から降り注ぐ太陽風などの高エネルギーな荷電粒子(電気を帯びた粒子)から、地表などをガードするというものがあります。

このことは、地上の生命にとって重要な恩恵となっています。
それは、このような荷電粒子が生命にとって有害で、細胞やDNAなどを傷付けてしまうからです。
もし、地磁気が無ければ、生物は海の中から外に出ることはできなかったはずです。

もう一つ挙げられる重要な恩恵として、大気の流出を防ぐという役割があります。
地磁気が無ければ、太陽風などの荷電粒子は直接大気に衝突することになります。

高エネルギーな粒子が衝突すると、大気を構成する分子に重力を振り切るほどの運動エネルギーが与えられることもあります。
つまり、地磁気が弱いとその分だけ分子が逃げやすくなり、大気は薄くなってしまいます。

実際に、地球とよく似た性質を持つ火星には、とても薄い大気しかありません。
その理由の一つは固有の磁場の弱さであり、大気の流出を防ぐことができなかったためだと考えられています。(※1)
※1.他の理由として、重力が地球の半分以下しかなく、大気分子を引き止める力の弱さも挙げられる。
このように、強力な地磁気には生命と大気の両方を保護する強力なシールドとしての役割があることが分かります。


誕生から間もない頃の地球の磁場

生命や地球そのものの進化を知る上で、地磁気の発生時期も重要な要素となります。

でも、それを知ることはとても困難なことになります。
それは、過去の時代の地磁気の強度を知るには、その時代にマグマから固化した岩石に残された磁場“古地磁気”を調べる必要があるからです。

でも、岩石に刻まれた磁場は非常に消えやすい情報なんですねー

岩石は数百℃に加熱されると磁場が消去され、再び冷えた時点での地磁気の情報に上書きされてしまいます。
このため、非常に年齢が古い岩石の古地磁気を調べたとしても、そこから得られた古地磁気の情報は、岩石が冷えて固まった形成年代と一致するとは限らない訳です。

なので、固化した岩石が、その後に一度も磁場の消去と上書きを経験していないことを示すには、過去に高熱が加わっていないことを示す必要があります。

でも、それには技術的な困難さに加えて、そもそも数十億年もの間に一度も熱が加わっていない岩石を見つけること自体も困難なので、誕生から間もない頃の地球の磁場を知る手掛かりはほとんどありませんでした。


一度も高熱を受けていない岩石

今回の研究では、特に年代の古い岩石が産出することで知られているグリーンランド南西部のイスア地域で採取される岩石を対象に、誕生から間もない頃の地球の磁場の痕跡が残っていないかを調査しています。

イアス地域は37~38億年前という世界最古級の岩石が産出する地域として知られていて、世界最古の生命の痕跡が見つかっているという主張もあります。(※2)
※2.ストロマトライト(光合成をする細菌が生み出す層状構造)が見られる堆積岩が採取されたという主張があるが、層状構造がストロマトライトかどうかは論争がある。
研究チームがイスア地域に着目したのは、岩石の形成年代が非常に古いということ以外にも理由がありました。
それは、イスア地域の下に非常に分厚い大陸地殻があるからです。

このような安定した大陸地殻では、地殻変動や火山活動自体が非常に乏しいという特徴があります。

元より地質活動が乏しいということは、大規模な活動はさらに頻度が減ります。
他の場所と比べてより分厚い地殻を破るほどの激しい活動となれば、さらに発生頻度は低くなるはずです。

このことから、イスア地域の岩石は37億年という非常に長い歴史において、一度も高熱を受けずに存在した可能性があることになります。
図2.グリーンランドのイスア地域で産出する37億年前の岩石の一例。(Credit: Claire Nichols)
図2.グリーンランドのイスア地域で産出する37億年前の岩石の一例。(Credit: Claire Nichols)


熱を受けていないことを証明する

もちろん、これだけでは十分な証明とは言えません。

なので、研究チームでは熱を受けていないことを示す別の方法として、岩石に含まれる放射性元素を計測することで年代を知ることのできる“放射年代測定法”による検証も行っています。

放射年代測定法には利用する元素が異なる複数の方法があり、その中には熱を受けるとリセットされてしまうものがあることが知られています。

複数の放射性元素で年代測定を行った場合、このリセットが無ければ、どの年代でも測定結果が一致するはずです。
でも、特定の年代でリセットが発生していた場合には、測定された年代の間にズレが生じることになります。

そこで、本研究では以下の2つを証明することに注力しています。

複数の放射年代測定法で計測した年代にズレが無いこと。
ズレが生じていた場合には、その理由が熱を伴わない化学変化のような、他の理由ではないこと。


現在とほぼ同レベルの地磁気を測定

測定の結果、調べられた岩石のサンプルは、生成された後に37億年間、380℃以上の温度を一度も受けていないことが証明されました。
つまり、岩石に刻まれている古地磁気は、37億年前の地磁気を反映していることになります。

これは、最も古い地磁気の証拠となります。

測定された地磁気の値は少なくとも15μT(マイクロテスラ)という値でした。
この値は、現在の地磁気30μTの半分ということになりますが、測定の性質上、37億年前の地磁気は現在の地磁気とほぼ同レベルということを示しています。

この測定結果は、研究チームにとって意外なものでした。
それは、現在の地磁気発生モデルの場合、地球の形成直後には地磁気は存在せず、地球の内部構造が形成されるに従って強化されたと考えられているからです。

37億年前の地球に、現在の地球と同じ強度の地磁気が存在していた。
このことが意味しているのは、8億年程度の時間で現在と同じような内部構造が地球に形成されたことです。
これは、地球の形成や進化を研究する上で、重要な手掛かりとなるものでした。


一時的に地磁気の強度が弱また時期

37億年前の地球に、現在と同じ強さの地磁気があったことは、別の観点からも注目されています。

現在の地球は酸素に満ちていますが、大気中に酸素が現れるようになったのは、今から約20億年ほど前のことです。
それ以前は、光合成で酸素が生成されても、すぐに別の物質と反応して消費されてしまう状況でした。

酸素が消費されずに存在できる条件の一つとして、大気中から水素を含んだ物質が減少することが重要だと考えられています。(※3)
※3.水素が太陽風などによる大気流出で減少したとする推定を裏付けるものとして、大気中のキセノンの減少が挙げられている。キセノンは化学反応をほとんどしない貴ガスで重い原子のため、大気からの大量流出には太陽風などの外的要因が必要となる。
水素が逃げ出すのに都合が良いのは、太陽風が大気に多く衝突することです。
でも、そのためには地磁気が現在の水準よりも弱い必要があります。

地磁気は、過去に何度も強弱が変化していることが判明しています。
なので、今回の研究結果が示唆しているのは、10億年以上にもわたって一時的に地磁気の強度が弱まっていた時期があったことです。

ただ、この推定が正しいかどうかは、古い時代の古地磁気の記録が不足しているので、現時点では決定できていません。
結論を得るには、さらなる調査・研究が必要となりますね。


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新星爆発が生命にとって必須元素のリンを桁違いに多く供給していた? 超新星起源説では説明できないリン元素の化学進化

2024年05月13日 | 地球外生命っているの? 第2の地球は?
遺伝子を合成するのにリンは不可欠な元素です。

そのリンは、一体宇宙のどこで作られるのでしょうか?
この疑問について、これまで私たちは明確な答えを持っていませんでした。

今回の研究では、白色矮星の中で最も重い星の表面で生じる爆発によって、大量のリンが合成されることを突き止めています。

さらに、その爆発頻度、つまり宇宙へのリンの供給率も分かってきました。
46憶年前の太陽系誕生時は、現在よりもリンの要求率は高かったことようです。
この研究は、国立天文台 JASMINEプロジェクト 辻本拓司助教、西オーストラリア大学 国際電波天文学研究センター 戸次賢治教授たちの国際共同研究チームが進めています。
本研究の成果は、アメリカの天体物理学雑誌“アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ”オンライン版に、“Phosphorous Enrichment by ONe Novae in the Galaxy”として2024年5月10日付で掲載されました。
図1.新星爆発によるリン生成から地球における生命(DNA)誕生までの概念図。新星とは、白色矮星と進化の進んだ恒星からなる連星系において、恒星からのガスが白色矮星の表面に降り積もることで生じる爆発現象。その際の核融合反応で大量のリンが合成される。この新星爆発で合成されたリンは、やがて宇宙塵や隕石の一部として地球に降り注ぎ、遺伝子であるDNAなどを合成し、生命の誕生へとつながったと考えられる。(Credit: 国立天文台)
図1.新星爆発によるリン生成から地球における生命(DNA)誕生までの概念図。新星とは、白色矮星と進化の進んだ恒星からなる連星系において、恒星からのガスが白色矮星の表面に降り積もることで生じる爆発現象。その際の核融合反応で大量のリンが合成される。この新星爆発で合成されたリンは、やがて宇宙塵や隕石の一部として地球に降り注ぎ、遺伝子であるDNAなどを合成し、生命の誕生へとつながったと考えられる。(Credit: 国立天文台)


リン元素はどのようにして作られたのか

リンは、生命にとって欠かすことのできないとても貴重な元素です。
それは、遺伝子であるDNA、RNA、そして細胞膜を作るのにリンは不可欠だからです。

生物の体は細胞からできているので、その全ての細胞にリンは含まれていることになります。
では、そのリンはどのようにして作られたのでしょうか?

全ての元素は宇宙の誕生と進化を通して生み出されたものになります。
つまり、全てが宇宙起源と言えます。

最初に、宇宙の誕生と同時に水素が作り出されました。
この水素はあらゆる元素の原点となるべき素材となるので、元素創世の産声があげられたことになります。

そして、宇宙誕生から数億年という時間が経過した頃、宇宙に最初の星が生まれることになります。
その星の中で炭素や酸素といった、それまでの宇宙には存在しなかった新たな元素が次から次へと生み出されて行きます。

生み出された元素は、その星が一生の最期に起こす大爆発“超新星”などの現象によって、宇宙にばら撒かれることになります。

この超新星という星の死に伴う現象によって、星が一生の間に作り上げてきた元素と、爆発の際に合成される元素からなる多種多様な元素が、宇宙空間にばら撒かれていきます。

リンもこの超新星によって合成、そして放出されると考えられていました。
つまり、私たちの体内にあるリンは、全て超新星由来という考えが、これまでの定説となっていたんですねー

でも、この“リンの超新星起源説”では、観測事実を説明できないことも分かっていました。


超新星起源説では説明できないリンの化学進化

私たちは、銀河系(天の川銀河)でリンの存在量(ガス中に含まれるリン含有量)が、昔から現在に至るまでどのように変化してきたかを、星の分光観測から化学組成を測ることで知ることができます。

星には、とても古い100億歳を超えるものから、生まれたばかりの若い星まで存在します。
それらの星の化学組成は、その星々が生まれた時の銀河の様々な元素の存在量を教えてくれます。

つまり、たくさんの年齢の違う星のリンの含有量を測ることで、100億年以上の天の川銀河の歴史の中で、どのようにリンの量が変化してきたかを知ることできます。
つまり、リンの化学進化が分かってくる訳です。

このように観測で明らかにされたリンの化学進化が、超新星起源説では全く説明できなかったのです。
超新星で予測されるリンの合成量が、観測から期待される量に全然足りないのです。


白色矮星と普通の星の連星系で起こる爆発現象

この原因は、超新星の元素合成理論モデルの何らかの問題という暗黙の認識の下、その解決への努力は長年放置されていました。

そういう状況の中、今回西オーストラリア大学と国立天文台との国際共同研究チームは、超新星以外にリンを合成する天体が他にあるのではないかという予測を立て、研究球を続けていました。
そして、この他の天体というのが“新星”であることを突き止めています。

新星は、突如星が明るく輝くように見える現象。
白色矮星と普通の星の連星系で起こる爆発現象になります。

まず、相手の星から白色矮星に向かってガス(主に水素)が少しずつ降り積もりと、やがて積もったガス層の底で水素の核融合反応が始まります。
この反応は、恒星の中心部で起こる安定した核融合とは違い、いったん反応が始まるとガスの温度が上がり続けていくんですねー

白色矮星は、この温度上昇によって、ますます反応速度が上がるという不安定な性質を持つことに…
この暴走した核融合反応によって、降り積もったガスと白色矮星の物質の一部が爆発的に宇宙空間に吹き飛ばされる現象が新星爆発です。

爆発の頻度は白色矮星の質量や、降り積もるガスの量によって変わってきます。
新星爆発には数千年~数万年ごとに爆発する“古典新星”や、数十年おきに爆発を繰り返す“再帰新星(回帰新星、反復新星)”などがあります。


新星はリンを桁違いに多く供給している

白色矮星は、宇宙に存在する多くの星の終焉の姿で、太陽も数十億年後には白色矮星となり現在のような輝きを失ってしまいます。
ただ、太陽は連星系に無いので、将来新星爆発を起こすことはありません。

今回注目されたのは、太陽の7~8倍という白色矮星になる星としては最も重い星が起源のもの。
平均質量が0.6太陽質量の中で、太陽質量の約1.3倍という白色矮星でした。

このような重い白色矮星は、酸素、ネオン、マグネシウムから構成されていて、これに由来する新星は通常“酸素・ネオン新星”と呼ばれています。

これまで新星が元素を供給する場として注目されることは、リチウムという元素を除いてはほとんどありませんでした。
これは、新星で作られる元素量が、星全体の爆発である超新星などに比べて圧倒的に少ないからです。

ところが、今回の研究で見出されたのは、酸素・ネオン新星でリンが他の元素とは異なり桁違いに多く作られること。
そして、同じ酸素・ネオン白色矮星で新星爆発が10億年以上の間に何度も繰り返し発生することを計算に入れると、その最終的な合成量は超新星を大きく凌駕することが分かりました。

図2に、今回初めて明らかにされた天の川銀河の誕生時から現在までの120億年にわたる、リンの比率の進化が描かれています。
図2.天の川銀河におけるリンの鉄に対する比率の120億年にわたる進化を示す観測結果と、それを解釈するための今回明らかにされた理論的シナリオ。リン進化の歴史は大きく3つの時代に大別することができる。観測データは個々の星における鉄の量とリン鉄比の相関を示す。青いデータは近紫外線観測で得られたもので、地上からの観測ではなく、ハッブル宇宙望遠鏡による観測で得られたもの。一方、赤いデータは地上での近赤外線観測で得られたもの。ただ、リンの吸収線が非常に弱いので、観測ターゲットは金属量が高い星に限られてしまう。新星より早く超新星が化学進化への寄与を始めるので、初期のリンはすべて超新星由来となる。また、新星の発生頻度は金属量に依存していて、少ないほうが高くなる傾向がある。Ia型超新星とは重い星の爆発のものとは別種の超新星で、鉄を多く放出するがリンは合成しない。爆発までに時間がかかるので銀河形成初期には寄与せず、80億年前以降の化学進化を促進する。(Bekki & Tsujimoto 2024から転載。)
図2.天の川銀河におけるリンの鉄に対する比率の120億年にわたる進化を示す観測結果と、それを解釈するための今回明らかにされた理論的シナリオ。リン進化の歴史は大きく3つの時代に大別することができる。観測データは個々の星における鉄の量とリン鉄比の相関を示す。青いデータは近紫外線観測で得られたもので、地上からの観測ではなく、ハッブル宇宙望遠鏡による観測で得られたもの。一方、赤いデータは地上での近赤外線観測で得られたもの。ただ、リンの吸収線が非常に弱いので、観測ターゲットは金属量が高い星に限られてしまう。新星より早く超新星が化学進化への寄与を始めるので、初期のリンはすべて超新星由来となる。また、新星の発生頻度は金属量に依存していて、少ないほうが高くなる傾向がある。Ia型超新星とは重い星の爆発のものとは別種の超新星で、鉄を多く放出するがリンは合成しない。爆発までに時間がかかるので銀河形成初期には寄与せず、80億年前以降の化学進化を促進する。(Bekki & Tsujimoto 2024から転載。)
まず、最初の酸素・ネオン新星がリンを供給し始める前に生まれた星のリン含有量の観測結果から、超新星はリンが少量しか作られないという、これまでの理論計算が正しかったことが分かりました。

さらに分かったのは、今からおよそ80億年前の宇宙で、重い新星からのリンが徐々に蓄積されていった結果、他の元素(鉄など)に対するリンの比率が最も高くなっていたことでした。

その後、現在に向かって徐々に重い新星が発生する頻度が低くなったこと、また同時に他の元素が別種の超新星で合成されていったことから、天の川銀河内でのリンの比率は減少していったと考えられます。

このことから、太陽系が生まれた46億年前の天の川銀河では、現在よりリンは効率よく生産され、豊富に存在していたようです。
そう、地球が誕生した46億年前の宇宙は、生命を生み出しやすい環境だったと言えそうです。

図3で示されているのは、本研究で提案された“リン新星起源説”に基づいて計算されたモデル結果です。

新星からは、各爆発で放出されるガスの量にはばらつきがあることが観測的に分かっていますが、それをモデルに導入することで、観測データに見られる大きな分散をうまく説明できています。
一方、これまでの超新星モデルでは、観測データの傾向を説明できていなかったことも分かります。
また、今回のモデルの正当性の検証は将来可能です。

重い新星ではリンと同時に、“塩素”を大量に合成することも分かりました。
そのため、天の川銀河における塩素の進化は、リンと同様の進化を辿ることが想像できます。

一方、現時点では星での塩素の観測は、大きな困難を伴うので数少ない星でしか行われておらず、塩素の進化の道筋を知ることはできていません。
そこで、研究チームが企画しているのは、多くの星について塩素の含有量を観測で明らかにすることです。
図3.理論モデルと観測データの比較。今回新たに提案された“新星モデル”は観測をうまく説明できている。一方、これまでの“超新星モデル”は観測データと合致しないことが分かる。」観測データの大きな分散は、重い新星からのガス放出量の違いを反映していると考えられる。(Bekki & Tsujimoto 2024から転載。超新星モデルはCescutti et al. 2012, Astronomy and Astrophysics 540, A33より抜粋。)
図3.理論モデルと観測データの比較。今回新たに提案された“新星モデル”は観測をうまく説明できている。一方、これまでの“超新星モデル”は観測データと合致しないことが分かる。」観測データの大きな分散は、重い新星からのガス放出量の違いを反映していると考えられる。(Bekki & Tsujimoto 2024から転載。超新星モデルはCescutti et al. 2012, Astronomy and Astrophysics 540, A33より抜粋。)


星の表面で起こる小爆発が生命を宇宙にもたらした?

リンがもし、これまでの定説通り超新星だけでしか作られていなければ、この宇宙に生命が生まれることはなかったかもしれません。

星の大爆発という華々しい超新星に比べれば、星の表面での小爆発という、派手ではない一見地味な天体現象が、生命を宇宙へもたらした重要なイベントであった可能性を本研究は示唆しています。

地球上で、どのようにして生命が誕生したのかは、未だに謎に満ちています。

主流の考えに基づくと、リンを始めとした生命に必須の元素が地球上で凝縮したところでの一連の化学反応を通して、最初の生命がおよそ38億年前に誕生しました。

これら生命起源の化学物質は隕石や宇宙塵が、現在よりもはるかに多い量が高い頻度で地球誕生期の数億年にわたり地球へ降り積もったことからもたらされたと考えられています。

これら太陽系始原物質に重い新星起源のリンが大量に含まれていたことが、地球での生命誕生へとつながったと考えることもできます。
新星は、宇宙生物学(アストロバイオロジー)において重要な役割を果たしていると言えますね。


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生物が存在する惑星は緑色とは限らない? 赤色矮星を公転する系外惑星に存在する光合成生物を考えてみる

2024年05月12日 | 地球外生命っているの? 第2の地球は?
宇宙から地球を見ると、植物に広く覆われた陸地が緑色に見えます。
この緑色は、植物の光合成を支えるクロロフィル(Chlorophyll、葉緑素)と呼ばれる物質と関係があります。

植物の葉などに含まれているクロロフィルは、太陽光を吸収する役割を果たしています。
でも、緑色の光は吸収されにくく、葉から漏れ出た緑色光を私たちの目がとらえることで植物は緑色に見えています。
図1.NASAの宇宙天気観測衛星“DSCOVR(ディスカバー)”の光学観測装置“EPIC”で2024年5月5日に撮影された地球。(Credit: NASA EPIC Team)
図1.NASAの宇宙天気観測衛星“DSCOVR(ディスカバー)”の光学観測装置“EPIC”で2024年5月5日に撮影された地球。(Credit: NASA EPIC Team)
それでは、植物のように光合成を行う生物が繫栄している太陽系外惑星(系外惑星)も緑色に見えるのかというと、そうとは限らないようです。

今回の研究では、光合成生物が存在する系外惑星の色が、地球とは異なる可能性を示した成果を発表しています。
この研究は、コーネル大学の博士研究員Ligia Fonseca Coelhoさんを筆頭とする研究チームが進めています。
本研究の成果は、Monthly Notices of the Royal Astronomical Society(王立天文学会月報)に掲載されました。


光合成をおこなう生物

私たちの身近な光合成生物というと植物ですよね。
でも、地球上で光合成を行っている生物は植物だけではないんですねー

例えば、紅色細菌と総称される紅色硫黄細菌(Purple sulfur bacteria)や紅色非硫黄細菌(Purple non-sulfur bacteria)です。
これらは、植物のクロロフィルと同様に太陽の光エネルギーを吸収するバクテリオクロロフィル(Bacteriochlorophyll)を持っていて、光合成をおこなう光合成細菌の一種として知られています。

ただ、可視光線の青色光や赤色光を吸収しやすい植物のクロロフィルに対して、バクテリオクロロフィルが吸収しやすいのは低エネルギーの赤色光や赤外線になります。


赤色矮星を公転する系外惑星に存在する生物

これら紅色細菌が、緑色をした植物や藻類などと競合していなかったらどうなっていたのでしょうか?

系外惑星は、太陽よりも小さく表面温度も低い赤色矮星(※1)の周囲でも数多く見つかっています。
これらの赤色矮星は、可視光線よりも赤外線を強く放つという特徴があります。
※1.表面温度がおよそ摂氏3500度以下の恒星を赤色矮星(M型矮星)と呼ぶ。実は宇宙に存在する恒星の8割近くは赤色矮星で、太陽系の近傍にある恒星の多くも赤色矮星。太陽よりも小さく、表面温度も低いことから、太陽系の場合よりも恒星に近い位置にハビタブルゾーンがある。
地球の植物は太陽光の下で進化してきましたが、赤色矮星が空に輝く系外惑星の環境は、赤外線を利用する生物にとって有利に働くかもしれません。
図2.培養した細菌のサンプルを手にするLigia Fonseca Coelhoさん。(Credit: Ryan Young/Cornell University)
図2.培養した細菌のサンプルを手にするLigia Fonseca Coelhoさん。(Credit: Ryan Young/Cornell University)
今回の研究では、様々な条件と雲の量を備えた地球に似た惑星のモデルを作成して分析を実施。
その結果、特に赤色矮星を公転する系外惑星では、可視光線の赤色光や赤外線を利用する紅色細菌のような生物が優勢になる可能性があり、強い色のバイオシグネチャー(※2)を生成すると結論付けています。
※2.惑星を外部から観測したときに、生命が存在することの証拠と考えられる指標となるデータを示す。惑星大気中に酸素、オゾン、メタンなどの存在を示す証拠が一般的である。
もちろん、地球の紅色細菌と全く同じ生物が系外惑星にも存在するとは限りません。
でも、研究チームでは紅色細菌に含まれる様々なカロテノイドを念頭に、系外惑星の表面は赤色・茶色・オレンジ色・黄色といった、幅広い色で着色される可能性があると指摘しています。


幅広い波長のバイオシグネチャーを探し

今回の結果は、単に系外惑星の見た目を予測するだけに留まりません。

地球の植物には、波長700ミリ前後の光をよく反射する性質があります。
この波長はレッドエッジ(Red edge)と呼ばれていて、地球観測衛星を使って農地や森林の状態を知る上で利用されています。

系外惑星の探査でも、植物の存在を示すバイオシグネチャーとして、レッドエッジを利用できる可能性が指摘されてきました。

一方、今回の研究で示されたのは、レッドエッジ以外の波長でもバイオシグネチャーを検出できる可能性があることです。

1990年にNASAの惑星探査機“ボイジャー1号(Voyager 1)”が撮影した点のような地球の姿は、“Pale Blue Dot(ペイル・ブルー・ドット:淡く青い点)”として知られています。
でも、今回の研究でシミュレートされた惑星について、コーネル大学は“Pale Purple Dot(ペイル・パープル・ドット)”と表現しています。

今後の系外惑星探査ではレッドエッジに限らず、より幅広い波長のバイオシグネチャーを探し求める観測が行われるようになるかもしれません。


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