清水一行さんの『兜町物語』という小説を読みました。
清水一行といえば……経済小説というジャンルの草分け的存在。
いまだと、池井戸潤さんとか、そういう系譜の元祖といえる作家でしょう。『兜町物語』は、そんな清水一行自身の自伝的要素も含めた作品となっています。
兜町といったら、証券業の中心地。
今ではあまりそういうイメージもないと思われますが……銀行とはまた違う、勝負師的な気風をもつ世界でしょう。こういうと語弊があるかもしれませんが、堅実を旨とする銀行に対して、どこか博打のような要素があり、山っ気のある個性的な人物が集まっている感じです。
その証券業界において、4大証券の一角に数えられる「興業証券」が作品の舞台。
昭和40年、証券危機のなかで難しいかじ取りを任され、見事に危機を乗り切ったことで頭角をあらわし、最終的には社長にまでなった谷川欣治という人物が描かれます。
これは経済小説における一種の伝統で、実在の人物や会社をモデルにしつつ、適宜仮名を使って書くスタイルとなっています。本作に登場する谷川は、当時の日興證券にいた中山好三という人物がモデルだそうです。
経済小説においては、組織と個人の葛藤というのがしばしばテーマになりますが、本作もその一つでしょう。組織の論理、強者の論理で圧をかけてくる相手に対して、一個人が己一人の力で立ち向かい、その圧をはねかえす。その姿に、しがないサラリーマンが喝采を送る――という構図でしょう。
たしかに、そういう痛快さはありますが……しかし、この小説は、そこでは終わりません。
社長となった谷川は、ワンマン的な気質を見せ始め、その強引な経営手法を批判されるようにもなります。そして、証券業界の巨人である野村に対して果敢に戦いを挑み、志半ばで表舞台を去る――という、敗北の美学のような結末を迎えるのです。
80年代に発表された作品ですが、それから40年ほど経った今から見ると、時代の変化というものを感じます。
この作品にも登場する山一証券は、バブル崩壊の後に破綻。日興証券もまた、金融危機の荒波の中で大幅な再編を余儀なくされました。不正すれすれ、あるいは不正そのものやり方がまかりとおっていたらしい業界のあり方に、大きな問題があったんではないかと思われます。
本作において谷川がとった強引な経営手法も、バブルの時代にそのやり方でやっていたらやばかったんじゃないのか、とか、今やったら大問題になるんじゃないかというところが少なくありません。
そういう意味では、いわゆる「古き良き時代」の物語ともいえるんじゃないでしょうか。
ここで描かれる兜町には、まだある種ロマンのようなものがありますが、金融自由化を経てグローバル化したいまの金融界はもっと殺伐とした世界でしょう。そこで経済小説を描こうとしたら、もっとピカレスクじみたものにならざるをえないんではないかと。
ちなみにですが、フリーアナウンサーの竹内由恵さんは、清水一行の孫にあたるんでそうです。
意外な関係があるもので……