戦争を肯定する気は無いが、非戦あるいは避戦が常に正しいとは限らない。第一次世界大戦後、ナチス・ドイツはベルサイユ条約を無視して侵略戦争を始めた。周辺諸国は第一次世界大戦後の厭戦気分が強かったためにナチスによる暴走を放置し、このことがナチス・ドイツの強大化に繋がった。これはあくまで結果論だが、早い時期に英仏などがドイツを攻撃していれば第二次世界大戦には至らず、局地戦で終わっていただろう。
現在そんなジレンマを抱えているのがトルコだ。隣国のシリアで「イスラム国」が勢力を拡大しつつある。トルコは介入すべきかどうか非常に難しい決断を迫られている。介入しなければ自国にも及びかねない侵略を黙認することになる。介入すれば「イスラム国」との戦争やテロが避けられない。できれば介入せずに済ませたいというのが本音だろう。自らは手を下さず欧米が鎮圧してくれることを期待したいところだろう。
クルド人問題を含めるともっと複雑になる。独立国を持たない民族として最大の人口を擁するクルド人は、イラン・イラク・シリア・トルコなどに約三千万人が居住する。トルコ国内のクルド人にとって「イスラム国」によるクルド人虐殺は見逃せない。トルコのクルド人は「イスラム国」との即時開戦を要求している。民族による温度差は顕著だ。
朝鮮戦争はまだ終わっていない。現在はあくまで休戦状態だ。戦闘が勃発した時、日本はどうするべきだろうか。左派も右派も不介入を主張するだろう。左派は憲法9条を盾に、右派は嫌韓感情に基づく。両者も合わせれば国民の9割ぐらいが不介入を支持するだろう。理念としての平和主義は正しい。しかし現実としてはどうだろうか。隣国での戦争に知らぬふりをすることが正当とは思えない。
国内での暴力なら禁止できる。それは警察という暴力装置を国が独占しているからだ。戦国時代に信濃国と甲斐国が闘っても誰も止められなかった。織田・豊臣・徳川による天下統一によって初めて地域間での戦闘が禁じられた。現代の国連にそんな権限は無い。ウクライナの紛争でさえ収拾できない。そんな状況での非戦論は空念仏に過ぎない。他国の惨事を無視することは決して平和主義ではない、事勿れ主義だ。
現在そんなジレンマを抱えているのがトルコだ。隣国のシリアで「イスラム国」が勢力を拡大しつつある。トルコは介入すべきかどうか非常に難しい決断を迫られている。介入しなければ自国にも及びかねない侵略を黙認することになる。介入すれば「イスラム国」との戦争やテロが避けられない。できれば介入せずに済ませたいというのが本音だろう。自らは手を下さず欧米が鎮圧してくれることを期待したいところだろう。
クルド人問題を含めるともっと複雑になる。独立国を持たない民族として最大の人口を擁するクルド人は、イラン・イラク・シリア・トルコなどに約三千万人が居住する。トルコ国内のクルド人にとって「イスラム国」によるクルド人虐殺は見逃せない。トルコのクルド人は「イスラム国」との即時開戦を要求している。民族による温度差は顕著だ。
朝鮮戦争はまだ終わっていない。現在はあくまで休戦状態だ。戦闘が勃発した時、日本はどうするべきだろうか。左派も右派も不介入を主張するだろう。左派は憲法9条を盾に、右派は嫌韓感情に基づく。両者も合わせれば国民の9割ぐらいが不介入を支持するだろう。理念としての平和主義は正しい。しかし現実としてはどうだろうか。隣国での戦争に知らぬふりをすることが正当とは思えない。
国内での暴力なら禁止できる。それは警察という暴力装置を国が独占しているからだ。戦国時代に信濃国と甲斐国が闘っても誰も止められなかった。織田・豊臣・徳川による天下統一によって初めて地域間での戦闘が禁じられた。現代の国連にそんな権限は無い。ウクライナの紛争でさえ収拾できない。そんな状況での非戦論は空念仏に過ぎない。他国の惨事を無視することは決して平和主義ではない、事勿れ主義だ。