俗物哲学者の独白

学校に一生引きこもることを避けるためにサラリーマンになった自称俗物哲学者の随筆。

平均

2015-11-30 10:36:53 | Weblog
 27日の総務省の発表に拠ると10月の完全失業率は前月より0.3%低い3.1%で、1995年の7月以来、20年3か月ぶりの低水準だった。その一方で収入は前年同月よりも0.9%減少したとのことだ。
 マスコミはこのことを捕えて賃金が上昇していないと報じるが、失業率が下がって平均賃金が下がるのは当たり前だろう。年金生活者である私がシルバー人材センターでほんの少しだけ働けば失業率も平均賃金も下がる。特別な人でない限り、失業者が就職していきなり高賃金を得ることはあり得ない。従って失業率が下がれば必然的に平均賃金も下がる。ワークシェアリングをしても同じことだ。平均値は実態を正しく表す指標ではない。
 同じ27日に農林水産省が発表した「2015年農林業センサス」に拠ると、現在の農家の平均年齢は66.3歳で20年前より7歳以上上昇して高齢化が深刻とのことだ。農家と一括りにすれば誤解を招く。兼業農家や退職後農家が含まれるからだ。
 兼業農家とは本業を持ちながら農業も営む人だ。親から譲り受けた農地があり本業の傍ら農業にも取り組んでいる。収入の大半は本業に依存しており、実態としては大規模な家庭農園を持つ賃金労働者だ。こんな人が定年退職をすると退職後農家になる。本業の収入が無くなる一方で、自営である農業に定年は無いから兼業だった農業が本業になる。退職後農家の農業収入は決して多くないが、かつての勤労者としての年金があるから、道楽や小遣い稼ぎとして気楽に農業を営んでいる。困ったことにこんな人まで統計上「専業農家」に分類されるから専業農家の年齢が高く農業収入は低く算出される。
 農業人口は戦後一貫して減り続けているがその一方で2001年以降の農業生産額は8.4兆円前後で安定している。今年もその程度と推定すれば、農業従事者一人当たりの生産額は401万円となる。20年前の1995年の生産額は10.4兆円で従事者数は335万人だったから一人当たりは310万円だ。20年間で一人当たりの生産額は19.7%も増えたことになる。
 退職後農家や兼業農家まで含めて平均値を求めるから訳の分からぬ数値になる。実際に日本の農業を支えているのは、退職後農家を除いた真の専業農家だ。TPP対策として農家ではなく農業を守ろうとするなら真の専業農家に対する支援に特化すべきだ。
 日本の農業の生産額は世界で5位だ。決して衰退産業ではない。省益と補助金のために統計数値を悪用して日本の農業を過小評価させようとする農水省の悪意あるプロパガンダに欺かれてはならない。
 

逃亡者

2015-11-30 09:50:14 | Weblog
 27日にオウム真理教の元信者の菊地直子被告に対する逆転無罪判決が下された。批判的な意見が少なくないが妥当な判決だと思う。オウム真理教の信者の大半は麻原彰晃(松本智津夫)という狂人に人生を狂わされた気の毒な被害者だ。IS(イスラミックステート)のようなテロを目的とした組織とは根本的に違う。
 それにも拘わらずマスコミの報じ方は昨年3月の袴田事件とは全然違っていた。死刑判決が確定していた袴田死刑囚の再審と釈放が決まった時、マスコミは好意的に報じた。しかし菊地被告の無罪判決には疑問を挟んだ報道が少なくなかった。
 一審の裁判員裁判の判決は明らかに誤っていた。薬品を運んだことを根拠にして殺人未遂幇助とされたが、これはオウム憎しという感情が露呈したものだろう。夫が台所にあった包丁を使って殺人事件を起こした時に妻に殺人幇助の罪を着せるような判決だ。
 有罪と主張する人のもう1つの論拠は17年も逃げていたことだ。犯罪者という自覚が無ければ名乗り出た筈だ、と言う。これもこじつけだ。冤罪と分かっているからこそ逃げることもある。
 昔大ヒットしたテレビドラマがある。「逃亡者」という作品だ。これは妻殺しの濡れ衣を着せられた医師が逃亡を続ける話だ。無実の人間の逃亡という設定にリアリティがあったからこそ共感を呼んだ。
 もっと身近な例がある。痴漢の冤罪だ。身に覚えが無いことであれば堂々と潔白を主張すれば良いと言う人もいるがこの冤罪は少なくない。犯罪があったことなら証明できるが無かったことを証明することは実質的に不可能だからだ。しかも痴漢に関しては刑法の大原則である「疑わしきは罰せず」が適用されていない。お勧めできることではないが、痴漢の冤罪から逃れる最も有効な方法は、逃げることらしい。菊地非告も加担しなかったことを証明することは困難であり疑わしいだけで罰せられると考えたからこそ逃亡を続けざるを得なかったのではないだろうか。
 オウム憎しの感情は理解できる。しかし被害者でもある一般信者に対する憎悪は誤りだ。菊地被告の無罪判決に不満を持つ人の大半が、彼女が何をしたかさえ把握していない。オウムの関係者だから悪人だという論法は余りにも乱暴だ。偏見以外の何物でもない。オウムの犯罪者と一般信者は、ISとその支配地の住民ほどに異なると思う。
 オウムの実行犯も決して極悪人ではなかろう。狂人の言葉を信じた気の毒な人だと思う。ニュルンベルク裁判の連合国の裁判官はナチスの戦争犯罪人が揃いも揃って余りにもまともな小市民であることに驚愕したと言われている。言われたことを忠実にこなす小役人のような人ばかりで到底大虐殺の首謀者とは思えない平凡な人々だったらしい。オウムの犯罪者もナチスと似たタイプではないだろうか。勿論、オウムの犯罪者もナチスの戦争犯罪人も罰せられるべきだ。しかしその罪が一般信者や一般党員にまで及ぶとは考えられない。オウムの元信者に対する憎悪は「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」以上に不合理な感情だ。オウムの元信者の多くは加害者ではなく被害者だ。