今から、80年前の今日、島根県那賀郡川平村、現在の島根県江津市川平町で、チエママ 佐々木千枝 が誕生しました。小学生のころから村一番の秀才として通し、島根県立川本高等女学校を首席で卒業。大阪に出てきて、見合い結婚でタツオパパと結婚。私が生まれたわけです。
7年ほど前他界しましたが、その後の生活については、ひょうたん良先生がたまに教えてくれます。あの世に行ってからも、ウインドショッピングが好きで、大丸の神戸店がお気に入りということです。電車で行っているのかと思ったらタクシーで。どうやっていくのかなと思ったら、タクシー乗り場で行先を聞いていて、三宮などに行くタクシーに乗り込むそうです。乗り込むタクシーも、家族連れなどやさいそうな人が乗るタクシーを選んで乗っているということです。
私が、神社やお寺に行くときは、一緒についていくそうです。私が高野山へ頻繁に行くので、チエママも高野山へ頻繁に行くとのことです。高野山では、私は、奥ノ院のおまいりをすませば、そそくさと下山しているので、チエママは、もっとゆっくりして、そばでも食べて行ってほしいと言っているそうです。
あの世に行ってから、好きなところに自由に行けそうですが、神社やお寺は、結界が張られていて、自由にはいれないそうです。お寺では、仁王様に邪魔されて、山門までしかいけないそうです。それで、私が行くときは、私に乗れば、入れるそうで、私が、神社・仏閣に行くときには、一緒にいるそうです。
そういえば、3年ほど前、門戸厄神に行ったとき、たまたまひょうたん良先生から社用で電話があってしゃべっていたら、今、おかあさん横にいるよ。って言われたことがあります。30センチくらいにちいちゃくなって、肩に乗っているよ。お好み焼きを食べたいといっているので、帰り、露店で、お好み焼きを食べてください。と言われました。
多くの霊能者が教えてくれましたが、チエママは、霊界でも、修行していて、本当はもっと上の世界に上がれる身なのに、残してきた、私と弟 2人が気になって、わざと霊界にとどまり、見守っているとか。ひょうたん良先生に「あんたのおかあさんはそういう性格の人なんやね。」と言われて、生前の母の行動をみていたらそのことが容易に想像つくので、涙が出てきます。
当然、私は、高野山に行ったり、真言宗の各種イベントに参加して、先祖供養 いわゆる追善供養をしているわけです。私は、両親に早く、あの世で上のランクに上ってほしいと思い、頑張っています。
親子の縁の薄い人は、親が亡くなれば、子供は供養もせずほったらかし、親も、子供のことを忘れて、あの世で修行して、どんどん上に上がっていきます。当然、子供を見守ることもしません。
私は、親孝行は、生きているときに行うのではなく、亡くなってから行うものだというのが自説です。
亡くなってから、供養供養・・・。それが親に対する最大の親孝行だと考えています。