小説を読むのが好きでジャンルを問わずに乱読しているが、時折小田原にちなんだ作家や作品を読むようにしている。先日読了した立原正秋の「舞いの家」は昭和四十年代半ばの小田原が舞台の小説だった。立原正秋の「舞いの家」は昭和46年に刊行された長編ロマン小説。文庫本で440ページほどで半分くらいが小田原やその周辺が舞台となっている。詳しい内容は割愛するが主人公の妻は能楽の宗家の娘で、小田原の板橋に宗家の能楽堂がある設定。主人公の夫は宗家の跡をついだ能役者だが女にだらしなく小田原と東京を行き来しながら妻以外と色恋沙汰を繰り広げながら話が進む。先日、作中に登場した場所に出かけた。小説の冒頭で登場するのが香林寺。『家を出てしばらく坂道をおりて行くと香林寺の前に出る。そこから板橋地蔵尊のある中板橋まで下り坂である。そこは箱根の入口で、麓の方では、早川に沿って箱根登山電車が走っていた。』と小説は始まる。香林寺の門前は、今でもそのまま小説の舞台となりそうな情緒ある佇まい。主人公が住む邸宅と能楽堂は香林寺裏手の高台に位置している。現在では閑静な高級住宅街で小説の描写に近い風情が今も残っている。小田原駅周辺の店は何店か登場するが店名まで書かれているのが浜町の蓑屋という割烹料理店。主人公が妹たちと連れ立って訪れ、作中では『蓑屋は、海岸にちかい浜町で、ふるい暖簾をまもっている割烹料理店だった。…以前はよく酒をのみに行く夫について行き、季節の魚など好みに応じてこしらえてもらったものだが…』とある。その当時、蓑屋という割烹料理店が浜町に実在したのか不明だが、あるとすると宮小路周辺だと思われる。その宮小路も年々昔ながらの料亭や割烹料理店が少なくなり活気が無くなってしまった。主人公が何度か足を運ぶ場所として登場するのが城山の陸上競技場や城内の小田原城や動物園。作中では小田原城前の茶屋が描かれているが今では軽食を売っていた建物は無くなり広場の一部になっている。確か公衆トイレ横に位置していたように記憶している。動物園の描写で登場するのがライオン。だが、雌のライオンについて奇妙な描写があり『その向こうにはライオンの檻があり、雄と雌が入っていたが、雌の方は下腹の方に大きな瘤が二つ出来ていた。腫瘍かもしれない、…」とある。小説が刊行された昭和40年台半ばに実際瘤のある雌ライオンがいたのかこれも不明。城址公園の動物園にいた動物のいくつかは剥製となって入生田の生命の星・地球博物館に展示されている。ライオンの剥製は小田原城址公園で飼育されていたライオンだったように記憶している。小説自体は煮え切らない主人公の夫にイライラするものの、一昔前の小田原が舞台になっているので楽しく読み進められた。今まで何冊か小田原にちなんだ小説を読んだが、『小田原』という地名が最も多く登場するのはおそらくこの立原正秋の「舞いの家」だと思う。また小田原にちなんだ小説を読んだ際には作中に登場した場所に散策に出かけたい。
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