で、そういう思いで、今まであったそういう場面・・・夫が好きなように行動する場面を
じっと思い返してみました。
よけいなこと・・・あー言っただの、こー言われただの、そういうことは全部捨てて、
自分の気持ちにだけ目を向けるようにして、思い出していきました。
・・・と、あるセリフが思い浮かんできました。
自分の気持ちを押し殺し、平静を装いながら、胸の中で言ったであろう言葉が。
「ずるい。いつも自分ばっかり。」
なるほど。
これだったか。
このセリフの次には、たいがいどんな言葉が続くかっていいますと、たぶんこうではないかしら?
「アタシだって、そうしたいのに。」
そっか。
やっぱり、似たもの同士だったのね。
同じものを持っていながら、夫はそれを自由に表に出して行動し、私はそれができなくて
内側に引っ込んでしまっていた、ということらしい。
「夫はワガママ」と裁いていたけれど、それは間違いだったのですよね。
悶々怒る自分を正当化させていたのかもしれません。
真実は、夫はワガママでもなんでもなくて、自分に素直に生きているだけのことで、
それは、ある意味、とても魅力的なこと。
私は、単に羨ましかった妬ましかっただけなのですね。
ま、今までは確かに、家のこと・子供達のこと・仕事のことなど、女性特有のいろんなことが絡み合っていて、
好きなようにできませんでした。
でも、子供達が大学を卒業し、ずいぶん枷がはずれました。
ならば、もう「ずるーい!」は、通用しないワケ。
さ、今度はあーたの番よ、と私が私の方を向いたわけですよ。
じっと思い返してみました。
よけいなこと・・・あー言っただの、こー言われただの、そういうことは全部捨てて、
自分の気持ちにだけ目を向けるようにして、思い出していきました。
・・・と、あるセリフが思い浮かんできました。
自分の気持ちを押し殺し、平静を装いながら、胸の中で言ったであろう言葉が。
「ずるい。いつも自分ばっかり。」
なるほど。
これだったか。
このセリフの次には、たいがいどんな言葉が続くかっていいますと、たぶんこうではないかしら?
「アタシだって、そうしたいのに。」
そっか。
やっぱり、似たもの同士だったのね。
同じものを持っていながら、夫はそれを自由に表に出して行動し、私はそれができなくて
内側に引っ込んでしまっていた、ということらしい。
「夫はワガママ」と裁いていたけれど、それは間違いだったのですよね。
悶々怒る自分を正当化させていたのかもしれません。
真実は、夫はワガママでもなんでもなくて、自分に素直に生きているだけのことで、
それは、ある意味、とても魅力的なこと。
私は、単に羨ましかった妬ましかっただけなのですね。
ま、今までは確かに、家のこと・子供達のこと・仕事のことなど、女性特有のいろんなことが絡み合っていて、
好きなようにできませんでした。
でも、子供達が大学を卒業し、ずいぶん枷がはずれました。
ならば、もう「ずるーい!」は、通用しないワケ。
さ、今度はあーたの番よ、と私が私の方を向いたわけですよ。