アートセラピー「心のお絵かき」の世界

アートセラピストで妻で母で女の、楽しく豊かでゆるい人生後半日記。

回転扉に立つ時

2011-05-26 17:01:23 | 日記
えー、この「回転扉」は、昨日の記事の回転扉のことです。
この世とあの世の間のね。

生まれてきたからには、地位があろうが無かろうが、金があろうが無かろうが、
全員が平等に、この扉の前に立つんですよね。

その時、やっぱり、おだやかにご挨拶したいもんです。

「いろいろありましたけれど、ほんとうに楽しかったですわ。皆さんにお会いできて
本当に良かった。それではまたいつか。ごきげんよう。」

みたいな心境で、回転扉を開けたいものですね。

間違っても
「てやんでい。こんな所、二度と来るもんか。」
には、なりたくないなぁ~~。

でも、よく考えると、回転扉の前に立つっていうのは、特別な「別の」瞬間っていうよりは、
日々の暮らしの延長上のというか、日々の暮らしの中の「ある瞬間」ですよね。

だから
「いろいろあるけど、楽しいこともいっぱいあるし、いろいろ体験できるわけだから、ま、いいか。
いろんな人がいるけど、いい人はいっぱいいるから、ま、いいか。
そういえば、今日は、こんないいこともあったっけ。けっこう幸せじゃん。」

みたいな気分で、ずーっと暮らしていれば、
「あら、こんな所に扉があるわ。」
みたいな感じで、その気分のまんま回転扉を開けられる気がするんですよね。

それが理想です。

もちろん、気をつけなくては、逆もアリ。ですが。

だから、やっぱり、生きているこの一日一日が、とっても大事、と思います。

へこむことも、へとへとになることもいっぱいあるけどね。

嫌な事を環境のせいにして、逃げたり恨んだりするのも私の心の自由だし、
そんな中でも、楽しいことやありがたいことを見つけて喜ぶのも、私の心の自由なんだなーって。

この年になると、もう誰も、指図や監督なんてしません。

恨みいっぱいに生きて回転扉を押すのも、感謝いっぱいで回転扉を押すのも、決めるのは、全部自分。
自分の自由な心なんだよね~。

あの世で、お裁きをするのは、閻魔様じゃなくて、自分の良心なんじゃない??
まだ死んでないから、よくわかんないですけど。

ふたつの大事な日

2011-05-25 15:31:21 | 日記
昨日、お誕生日のことを書いている間中、もうひとつの「大事な日」のことが頭に浮かんでいて
ずーっとそれが離れなくて、でも、さすがに「今日書くのはな~」と思っていた日があります。

それは、命日。

この世に生まれた人は、全員必ず持つよね。
誕生日と命日。

私はまだ誕生日だけだけれど、いずれは命日も持ちます。

なんか、不思議だな~と思って。

生きている間は、誕生日が一番大事で、みんなに祝ってもらったりするし、免許証だの
病院の問診票だのにも、あたりまえみたいに「生年月日」として書きます。

生きている限り、お誕生日は、その人を表す大事な要素のひとつであり続けます。

でも、死んだとたんに、今度は「命日」が、誕生日より断然大事な日になってしまうのよね。

一周忌だの三回忌だの月命日だの、こんどは、その人を命日で語る事の方がずっと多くなります。

なんか不思議。

あの世に行ったとたん、この世のお誕生日は霞み、旅立った命日が大事になる・・・。

回転扉の向こう側とこっち側を見ている気分。

こっち側のお誕生日は、向こう側から見ると命日で、こっち側の命日は、向こう側ではお誕生日、みたいな感覚。

ふたつあるけど、実は、こっち側からと向こう側から別の呼び名で言っているだけで、
実は同じ日なんじゃないかな~、みたいな不思議な感覚。

だとすると、やっぱり
「どーせ死ぬんだから」
みたいな、投げやりな生き方はできないわねぇ。

だって、死んだら終わりどころか、続きがありそうだし。

でもって、その「続き」っていうのは、やり残した宿題、嫌がって逃げていた課題だったり
しそうだもんね~。

だから、格好悪くてもへなちょこでも、やっぱり、真面目に一生懸命生きましょう!
(52才の抱負)

お誕生日おめでとう

2011-05-24 17:35:08 | 日記
「お誕生日おめでとー」
って、自分を祝福するワタクシ。

あいかわらず地味な人生だ。

でも、今朝、楽天グリーティングカードを送ってくださった方がいました。
毎年、正確に送ってくださるの。
たとえ、ワタクシが「今日ってなんだっけ?」とボケていても。
ありがたいことです。

このお花も頂いたのですよー。
主人の関係している団体の方から。

豪華だわー・・・地味じゃないわー・・・ほほほ。

例年、歳をとるにつれて、誕生日はうれしくない日に変わり、誰にも知られずこっそり
過ぎて欲しい日となっていました。

でも、今年は、違うの! 心境の変化がありました。 少しは成長したのだ・・・。

毎年毎年、つつがなく誕生日を迎えることができるとは、なんて幸せなことでありましょう。

たとえそれが、歳をとる・老いるという方向であろうとも、心の底からありがたい、喜ばしい!

ワタクシよ、52才のこの日まで、こんなに幸せにつつがなくやってこれたのは、すごい「おかげさま」なのだよ、
と今は本当に納得できる。

おてんとう様、ありがとうございます。
ご先祖様、ありがとうございます。
両親はじめ愛する家族と、周りの皆々様、ありがとうございます。

はぁ~、今日だけじゃなく、いつもこういう清らかな気持ちで過ごせたらいいんですけど~。

それには、毎日誕生日ならいいんだよねー。

毎日が誕生日・・・日々新たに生まれる、毎日朝日を見るたびに、
新しい自分になって新しい一日を生きる・・・
なんてことが、体の芯から本当にできるようになったら、すごいですよね。

そんな風になったら、なんかもう永遠に生きられるみたいな気がしちゃうわ。


着々と・・・賞金稼ぎ!

2011-05-18 11:49:58 | 青年の子育て
さて!

ここらで、久しぶりに長男の話題です。

漫画家めざし、ひたすらに描き続ける日々の長男。

この話題に初耳の方は、2009年6月25日~7月4日まで連載した
「実録がんばれ若者。そして親」
を参照ください。
カテゴリーは「青年の子育て」です。

この2年、本当にひたすら、脇目もふらずマンガを描き続けていた長男。

一昨年の終わりあたりから、去年とかも、小さい賞はぼちぼち取れるようになってきました。

漫画家志望の人なんて、歌手や俳優志望の人と同じく、星の数ほどいるんだろうから
賞を頂けるだけでもありがたい、と思って応援しておりました。

小さい賞ですので、賞金も、図書カード5000円とか、10000円とか、そんな感じだったらしいです。

が!今年!

賞を取ったのですよ、最初は5万円、次は4万円!

もちろん、それで生活できるようなお金ではありません。

でも、自分のペン1本で、それだけの稼ぎができたのがすごい!
(はい、親バカ全開です。)

しかも、聞いてみると、普通の人ならみんな知ってるそうとうメジャーなマンガ雑誌だったのです。

ううう~~

案外ホントにデビューできちゃうかも。(ハイ、親バカ全開その2です。)

知らなかった~

2011-05-11 12:34:16 | 日記
ある日、工務店の方がみえて、ちょっと心配そうな表情で、こう言われました。

「いろんな工場が東北なんで、納品が遅れるかも知れません・・・」

私の、東北地方の産業のイメージは、漁業、農業を中心とした、豊かな第一次産業の地方、でした。

でも、それだけではなかったのです。

アルミサッシ、外壁、断熱材やら、あるいはトイレ、システムキッチン等の水回りの部品などは、
ほとんどが、東北に工場があるものなのだそうです。

全然知りませんでした。

そうなんだー・・・東北地方というのは、日本の一大工業地帯だったのですね。

うわあ、これはたいへんだわ、と正直思いました。

実際、その時期、建設業者は、その規模が大きいほど、建築資材が足りなくて、建物が完成できず
従って、納品してお金を受け取ることができず、大変な状況になっていたようです。

いやぁ、本当に、私たちの生活って、いろんな地域のいろんな人たちの営みによって
成り立っているのですね。

すごく実感いたしました。

主人は、
「いいや~もう、東北の人たちの仮設住宅の方が先で~。」
と、早々と譲る気満々。

異論はないし異存はないのだけど、6月にはテナント明け渡さなきゃいけない身なので
やや心配。

しかしながら、タイミングが良かったというか運が良かったというか、私たちもあまり
「この外壁じゃなくちゃ嫌だ。」
みたいなことを言うタイプではないことも幸いして、(あるもので充分。もっと言えば
なんでもイイというタイプ)
なんとか、いまのところ順調にきています。おかげさまで。

上棟式の時はあんなに後ろ向きだったのに、今やたいへん前向きなワタクシ。