2016年4月
大阪天王寺区 JR環状線玉造駅から西へ10分ほど歩いた場所にある大阪新四十八願所阿弥陀巡礼第11番 心眼寺を訪れた時の記録です。
先に紹介した三光神社から250mくらいの場所になります。
過去記事<決戦の地 三光神社(2016年)>
門の前には真田幸村出丸城跡の碑がありました。
こちらには大阪市教育委員会が制定した「大阪市顕彰史跡第204号真田出丸城跡」のプレートも掲げられていました。
心眼寺は元和8年(1622年)に白牟和尚が真田幸村父子の冥福を祈り堂宇を建立したのに始まる寺院です。
幸村鎧掛けの松の木もあったそうですが、戦時中の大阪大空襲で堂宇ともども焼失してしまいました。。
創建時から家紋は真田の六文銭で、門の扉にも刻印されてました。
まんなおし地蔵尊
不運を幸運に変えるご利益があるそうです。
徳川時代は幸村の墓を建立することは許されず、境内にあるこの従五位下 真田左衛門佐豊臣信繁之墓は幸村400回忌の2014年になって建立されました。
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