大戦末期の日本軍の敗北を、富田氏が説明します。胸の痛みを覚えつつ、太平洋諸島での玉砕の記録を調べました。
昭和18年 アッツ島 死者 2,600名
昭和19年 サイパン島 死者 43,000名
テニアン島 死者 8,500名
ぺリリュー島 死者 10,000名
昭和20年 硫黄島 死者 22,000名
沖縄 死者 94,000名
玉砕した日本兵の総数は約20万人になり、同じ頃にあった民間人の犠牲者数は約76万人でした。民間人の内訳は次の通りです。
昭和19年 本土空襲 死者 33万人
昭和20年 広島原爆 死者 20万人 ( 8月6日 )
長崎原爆 死者 14万人 ( 8月9日 )
沖縄 死者 9万4千人
軍の高官と政府の顕官が椅子に並んでいても、軍が抑えられなかった事実が見えます。そうなりますと冒頭の島々での兵と、本土空襲や広島・長崎での国民の犠牲は、米国のせいだけでなく、終戦の決定ができなかった指導者たちに、責任が問えるのではないかと思えてきます。
破綻した戦況がわかっていても、なぜ指導者たちは和平の決定できなかったのか。「ねこ庭」から見える二つの事実があります。
1. 「本土決戦」「一億玉砕」という陸海軍内の強硬な意見。
2. 和平の詔勅を願いながら、それを陛下に言い出せなかった重臣たち。
この論を進めますと、さらに二つ事実が見えて来ます。
「決定権を持っておられる天皇陛下」と、
「一億玉砕を唱える強硬な軍」です。
連合国軍司令官マッカーサーが軍を解体し、天皇を象徴にすることで、軍と天皇を切り離しました。この時日本人は敗戦の混乱の中で、この二つを「日本国憲法」という名の「パンドラの箱」に押し込めたのではないでしょうか。
世界第2位の経済大国になり、有頂天になっている間に、次の事実が生じました。
中国・・「南京事件」「靖国問題」「歴史認識」「尖閣領有問題」「沖縄領有問題」
韓国・・「慰安婦問題」「徴用公問題」「軍艦島問題」「慰安婦少女像」
北朝鮮・・「日本人拉致」「核ミサイル実験」
米国・・ 中国、韓国、北朝鮮の日本批判攻撃を黙認するだけでなく、暗黙の承認をしている。
国内の反日左翼間・・上記勢力と協力し、日本崩壊を目指している。
韓国、中国、北朝鮮の激しい批判と攻撃に苦しめられ、憤り、怒り、やっと国民が正気に戻りつつあります。同時にこれは、「パンドラの箱」に押し込めていた、二つの課題との遭遇でもありました。
安部総理が持ち出した「自衛隊の明記」と、今上陛下がなされた「退位のお言葉」騒ぎの二つが、国民に突きつけたのは「軍」と「天皇」でした。偶然の一致というより、起こるべくして起こった未解決の「日本の課題」だったのではないでしょうか。
氏の著書の内容紹介を外れたような気もし、紹介そのものであるという気もします。惑いつつ、躊躇いながら、次回へ進みます。