ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

『最後の殿様』 -15 ( 侯の人物評 )

2021-07-15 15:47:06 | 徒然の記

 話を侯の著書に戻しますと、侯が語っていない事実があることに気づきました。それは、「三月事件と十月事件がなぜ失敗したのか」という原因です。 前回紹介した高橋正衛氏の著『2・26事件』には、次のように書かれていました。

 「未遂に終わった原因が、四つ挙げられている。」「 1. 行動の不謹慎  ( おおっぴらにやり過ぎた。) 」「  2. 橋本中佐が、杉山次官に加盟を強要しすぎた。」「  3. 西田税と北一輝が、政友会に情報を売った。」「  4. 大川周明が、宮内省高官に情報を売った」

 侯がこうした噂を知っていたのか、無視したのか、著作の中には出てきません。侯が、大川周明氏と北一輝氏ついて人物評をしていますので、なんとなく伺えるものがあります。

 「大川周明くんは、偉大な学者であった。」「戦後の歴史家は、大川くんを単純にファシストと片付けてしまうが、」「それは戦前の共産党を、一口にアカと片づけた裏返しのようなものである。」

 「大川くんはドイツ語、英語、フランス語、ギリシャ語に通じ、」「アラビア語、梵語にも通じていた。」「若い時はマルクス主義を信じ、その後インド哲学の研究から、」「自分が理想にしていたインドが、実はイギリスの植民地として呻吟する悲惨な国であると知り、」「アジアに目覚める。」「ここからイギリスの植民地経営を研究して、法学博士になった。」

 大変な褒めようで、強い信頼を寄せている様子が見えます。大川氏の語学の天才ぶりと博学は、ネットで調べても同じように書いてあります。中学時代から習ってきた英語さえ、ものにできない私は、感心するほかありません。

 「大川くんはまた、中国史にも通じたが、」「日本史の研究もはじめ、多くの著書を世に出した。」「大川くんは日本民族精神を研究し、その上に立って世界史を展望し、」「国家改造の実戦に乗り出したのである。」

 これに比べますと、北一輝氏については、大きくトーンが変わります。

 「大川くんと対蹠的なのは、2・26事件で銃殺になった北一輝くんである。」「性格がまるで違う。」「大川くんは真っ正直で、生活費は自分の働きで賄う。」「革命資金を受け取れば、きちんと会計報告をする。」「その点は、石原莞爾くんも感心していた。」「交際範囲も広く、共産党員でも抱擁していく。」

 「北くんは革命一本槍だが、幅が狭く交際範囲も薄い。」「自分で働かないで、人を脅かすようにして金を出させたりする。」「軍人との交渉も、子分の西田税 (みつぐ) を通じてで、」「勢い少数の、下級将校にならざるを得ない。」

 侯の人物評価の一つの基準は、金銭に対する姿勢でした。金銭に執着する人間は、武士の風上に置けませんから、相手にしない気持ちが分かります。

 「2・26事件が成功していたら、三月事件、十月事件に関係していた大川くんや清水くん、」「それに小磯国昭、建川美次、橋本欣五郎といった人物まで、」「殺されることになっていたという。」「同じ政治改革を目的にしながら、意見の相違する人は殺す、」「ということは、僕には到底納得できるものではない。」

 なるほど、侯はこういう情報も得ていた訳です。しかし革命という大事に注目すれば、北一輝氏の異見を認めず、反対者を殺すやり方は間違いではありません。レーニンもスターリンも、毛沢東も、金日成も、マルクス主義者はそうしていますし、それ以外に革命を成功させる方法はありません。

 大川周明氏や侯の「国家社会主義」思想の曖昧さや善良さを見ると、私はやはり二人は、社会主義の怖さと残虐さを知らない「お花畑」の住民と思えてなりません。

 「三月事件と十月事件を主張した橋本くんは、事件失敗後、」「反省してこう言った。」

 「わが国では、軍隊を使っての武力クーデターは成功しない。」

 「革命は、国民大衆との結合なしにはあり得ないと、」「真剣に研究していた。」「橋本くんは酒を飲み、芸者遊びもしたが、2・26事件の前には、」「酒や芸者を謹んで、深く反省していた。」「三島野戦重砲連隊長になっても、部下の将校には、」「一言も政治的な言葉を、口にしていない。」

 「西田派の失敗は、橋本くんが既に反省し、」「軍隊を使っての武力クーデターは成功しないと、結論を出したのちに、」「また同じことをやった点にある。」

 侯と大川氏、橋本中佐は、2・26事件の直前にはこういう認識で一致していたことが分かります。つまり北一輝、西田氏の革命路線と離れていたことが窺えます。北氏から見れば、革命への裏切りですから、成功後には処分すべき「反党分子」となります。この部分は、何度読んでも複雑な気持ちにさせられます。

 次回は、私の複雑な気持ちについて、息子たちと、「ねこ庭」を訪問される方々に、正直に述べたいと思います。

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