田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

紅葉の日光で赤恥を……。  麻屋与志夫

2008-11-08 14:01:09 | Weblog
11月8日 土曜日

●日光の二社一寺は大猷廟の入口付近、二つの堂の前だった。少し先を歩いていたカミサンが外人の女性に呼びとめられている。英会話は長いことわたしと寝食を共にしているからかなりのものだ。そのカミサンが困惑した表情でふりかえっている。

●女性は「ソウゴン」という言葉をくりかえしている。それもなんども聞きなおしてわかったことだった。英語ではない。ドイツ語、でもフランス語でもスペイン語でもない。英語だけしかわからないわたしだが、言葉の感じでこれら三か国の言葉ならわかる。英語で話しかけても手をふるばかり。

●しかたないから「ソウゴン」の意味を訊かれているのだろうと推し量り「solemnity」にしょうかいや「impressive」のほうが分かりやすいだろう……と悩んだ。ともかくその女性は英語が理解できないのだからほとほとこちらも困ってしまった。

●寝床にはいってからも、なにかもやもやしている。あのときの女性の困惑がわたしに乗り移っている。

●考えること数時間、はたと気づいた。

●日本語の「ソウゴン」の意味を聞くわけがないじゃないか。日本語のできない外人さんだ。彼女たちが訊ねるのは「道案内」以外にあるはずがない。わたしも歳で勘が鈍ったのだ。現役のころだったらこんな失敗はしない。ああ、歳はとりたくないものだ。

●ソウゴンではなくケゴン。華厳の滝の場所を尋ねられていたのだ。なんという、はやとちり。大失敗だった。

●ここ日光の二社一寺はわたしが英会話の勉強を始めた場所だ。英語でこのあたりの観光ガイドをしていたのに……。恥ずかしかった。そして昔と違いいまは英語だけしかできないのでは、話しになりらないのだ。思い知らされた。

●朝鮮戦争の始まる前のことだ。わたしは中学生。同じく外人相手に会話の勉強に励んでいた日光高校の女子学生に話しかけられたのもこのへんだった。彼女は通訳ガイド試験に通っただろうか。どんな人生を歩んだろうか。

●輪王寺の裏の道に「ROSE MANSION」とおおきな表札がでていた。朝鮮戦争が勃発した。負傷した将校が来ていると評判だった。保養にきているひとなら何時間でも会話の相手をしてくれるだろう。たずねていこうとした道すがら黒人の女の子に出会った。泣き顔だった。まだ人種差別が顕著な時代だった。召使を怒鳴り散らす軍人を思い浮かべて引き返した。まだ占領下にある日本だった。

●アメリカも変わった。黒人が大統領になった。わたしにとつては、絶えず変化し続けるアメリカは海の彼方のすごい国だ。

●それにしてもいつのまにこんな歳になってしまったのだ。

●小説を書くには年齢はない。と……思いつつも、感覚の鈍化は如何ともしがたい。と……思い知らされた一日ではあった。

    神橋       
       

    苔香庵
       

    明治の館
       
       






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完結 吸血鬼の故郷  麻屋与志夫

2008-11-08 11:47:28 | Weblog
「祥代。しっかりするんだ」
「ママはあれをパパにみられたくなかったのよ」

 いがいとしっかりした声で娘が応えた。
 肩からは血がふいている。
 美智子は人狼に噛付いたまま、門の方角へ運ばれていく。
 あれは、玉藻は、美智子だったのか‼

「心配しないで、パパ」
 わたしは妻の後を追えなかった。 
 足が萎えて立ち上がれない。
「心配しないで、パパ。ママは強くなった。より強くなっているから。玉藻さまはママの体をかりてよみがえっていたの。人狼が覚醒する前からよみがえっていたのよ。降臨していたの。玉藻さまがママの中に共存していたの。マインドバンパイアになっていたの。ママはパパに狐になった姿をみられたくなかったのよ」

 赤く目が光るだけではなかった。
 妻もまた自由に体を変形できるようになっていた。

 爪がのびるだけではない。 
 目がはねあがり狐の目となり、赤く燃えるだけではない。
 吸血鬼の姿をとるのは、変化の段階だ。
 完全に獣の形をとれるのだ。
 
 妻の姿は黄金色に輝く九尾の狐。 
 玉藻の前だ。
 
 祥代がわたしに負傷していないほうの手を差し出した。
「だいじょうぶか」
「ママもだいじょうぶだよ。狼なんかに負けない。史上最強のマインドバンパイアなんだから。一つの国を操れるほどの能力がある。傾国の美女よ。すぐにもどってくるわ」 
 
 部族のものを祥代が妻にかわって励ましている。                         
「傷ついて倒れていても、首がつながっていけば、仮死状態なのよ。再生の望みはまだある」
 祥代の声が、いや姿までわたしが美智子と大学の道場で知り合ったころのそのままだった。
 祥代が頼もしく映った。
 
 ぞくぞくとレイコたちが戻ってきた。 
 まだこんなに大勢生きていたのだ。
 わたしは感動した。        
 涙が出た。          
 いつになく、一族のものとの連帯をかんじていた。
 それは陶酔感。 
 それは共存の喜び。
 彼女たちは美しすぎる。  
 肩にかついだ重傷のもの、仮死のものたちを道場によこたえる。
「おれはあとでいい。はやく彼女たちをみてやってくれ」
 そこまでいうと、出血のとまらないわたしはまた失神してしまった。

13

 ヨーカドーの駐車場からつれてきた孕み猫が産気づいた。
 はじめての出産らしいひざの上に抱き上げ腹をさすってやる。
 苦しがる。

 胸に抱く。  
 わたしの背中に爪をたててひっかいている。 
 人狼に襲われた左肩ではなくて助かった。
 まだ肩には包帯をまいてある。      
 猫にはそれが分かっているのだ。
 苦しがっている。でも左肩には爪を立てない。 
 わたしの背に爪を立てた。苦しがって爪でひっかいている。

 羊膜につつまれた子猫が狭い産道を伝って出きた。
 その胎児を手でわたしは受けた。

 生暖かい生の鼓動が伝わってきた。
 わたしはひどく感動した。            

 母となった猫と三匹の子猫にも名前をつけなればならないだろう。

 戦いは避けられないものか。
 わたしはこのまま妻の故郷で、猫たちの世話をしながら年老いてもいいとさえ思っていた。
 だが、人狼は覚醒してしまった。

 本田はわたしが、彼の意思を継ぎ、猫と共生し……できれば人狼の覚醒を抑止できるような生活をしてくれ。
 そういいたかったのではないか。          

 本田の遺言はそういうことではないのか。
 そういうことを頼まれたのではないのか。

 わたしは夢のことをしきりと考えていた。
 あの夢のメッセージは母猫の子猫への愛ではないのか。 
 敵対するふたつの部族のDNAの中にはいくらさがしても『愛』という概念は組み込まれてはいないのか。
 そんなことはあるまい。

 もどってきたら妻に、わたしはそのことをききたい。

                          第一部 完結

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