「ボウヤの味が忘れられなくてな。こんどこそまるまる食い尽くしてやる」
人狼は嬰児をその性器から食いはじめる。
人が家畜の部位によってうまいまずいというのとおなじことだ。
人狼はそんなことをいったかもしれない。
あるいは、これもわたしの小説の中の一節にでてくる文章かもしれない。
太股の肉を噛まれてから、肉はすぐ再生した。
おどろくほど回復がはやい。
でも、体が熱ばんでいる。
微熱が引かない。
人狼の歯から未知のウイルスでも注入されたのか?
頭も霞がかかっているようだ。
時間系列に乱れを感じる。
過ぎたことが古い順に並ばない。
思いだせない。
過去が現在に思われる。
現在のことが過去。
時間がべろんとダリが描く時計のように溶けだしている。
わたしは長く生きていけそうな予感がする。
狼。顎には白く鋭利な歯列。
世界は赤く燃え立ち、わたしは恐怖にうちふるえていた。
なすすべもなく。狼はまさに悪魔。
獣性をむきだしにして、残忍なよだれをたらたらとたらしていた。
月の光に屋根が青白く濡れたように見える。
波型屋根のロープ工場に上にこうこうと望月がさえわたっていた。
黒く濃密な剛毛におおわれた、まさに悪魔は飽食への期待に満月に向かって唸り声あげた。
その一瞬のスキをうかがっていたものがいた。
このときだ。
颶風となって人狼に体当たりをくわせたものがいた。
もしそれが母だったら、母がこなかったらどうなっていたろうか?
すさまじい吠え声。
わたしを救出にきたものも白い歯をむきだしにした。
狼とにらみあっていた。
「逃げて」そのものがいった。
「逃がすか。おれの獲物だ。おれの餌をうばうきか」
もうひとつの咆哮。
殴打音。
悲鳴。
わたしはよちよちと部屋に逃げかえった。
もし母だったら……。
母はあの時の戦いが原因でいなくなってしまったのだ……。
家の中はがらんとしていた。
異常に気づき住み込みの職工たちがかけつけてくれた。
庭の奥で母が人狼と戦っていた。そう思いたい。
母の姿はそのときを境にわたしの記憶からきえてしまった。
家からきえてしまったのだから。
なにもかもが曖昧模糊となってしまった。
顔が血だらけ。
白い乱杭歯をむきだし狼に戦いを挑み、わたしを救出してくれたのは母であった。
そう思いたい。
狼のその再度の襲撃のときは、わたしはどうやら歩けるようになっていた。
母は血だらけのおぞましい姿をひとにみられたと思い……蒸発してしまったのだ。
そう思いたい。
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人狼は嬰児をその性器から食いはじめる。
人が家畜の部位によってうまいまずいというのとおなじことだ。
人狼はそんなことをいったかもしれない。
あるいは、これもわたしの小説の中の一節にでてくる文章かもしれない。
太股の肉を噛まれてから、肉はすぐ再生した。
おどろくほど回復がはやい。
でも、体が熱ばんでいる。
微熱が引かない。
人狼の歯から未知のウイルスでも注入されたのか?
頭も霞がかかっているようだ。
時間系列に乱れを感じる。
過ぎたことが古い順に並ばない。
思いだせない。
過去が現在に思われる。
現在のことが過去。
時間がべろんとダリが描く時計のように溶けだしている。
わたしは長く生きていけそうな予感がする。
狼。顎には白く鋭利な歯列。
世界は赤く燃え立ち、わたしは恐怖にうちふるえていた。
なすすべもなく。狼はまさに悪魔。
獣性をむきだしにして、残忍なよだれをたらたらとたらしていた。
月の光に屋根が青白く濡れたように見える。
波型屋根のロープ工場に上にこうこうと望月がさえわたっていた。
黒く濃密な剛毛におおわれた、まさに悪魔は飽食への期待に満月に向かって唸り声あげた。
その一瞬のスキをうかがっていたものがいた。
このときだ。
颶風となって人狼に体当たりをくわせたものがいた。
もしそれが母だったら、母がこなかったらどうなっていたろうか?
すさまじい吠え声。
わたしを救出にきたものも白い歯をむきだしにした。
狼とにらみあっていた。
「逃げて」そのものがいった。
「逃がすか。おれの獲物だ。おれの餌をうばうきか」
もうひとつの咆哮。
殴打音。
悲鳴。
わたしはよちよちと部屋に逃げかえった。
もし母だったら……。
母はあの時の戦いが原因でいなくなってしまったのだ……。
家の中はがらんとしていた。
異常に気づき住み込みの職工たちがかけつけてくれた。
庭の奥で母が人狼と戦っていた。そう思いたい。
母の姿はそのときを境にわたしの記憶からきえてしまった。
家からきえてしまったのだから。
なにもかもが曖昧模糊となってしまった。
顔が血だらけ。
白い乱杭歯をむきだし狼に戦いを挑み、わたしを救出してくれたのは母であった。
そう思いたい。
狼のその再度の襲撃のときは、わたしはどうやら歩けるようになっていた。
母は血だらけのおぞましい姿をひとにみられたと思い……蒸発してしまったのだ。
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