田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

朱の記憶(14) 完結    麻屋与志夫

2008-11-22 15:46:27 | Weblog
インプラントの歯茎の奥が疼いている。
一噛み一年。そんなことばが脳裏にうかぶ。

人狼を噛み殺すたびに、一年づつ若返る。
どうやら、人狼と戦うことはわたしが先祖から受け継いだ血のなせる宿命らしい。
口を血でみたすことは快楽。
快楽なのだ。

「もう、気づくのが遅いんだから」
わたしの内部でいつもの、いや背後で声がした。
わたしはMの絵を見ながら背後の声に導かれていた。
ふりかえって、彼女の顔を見たい。
背後にはなつかしい気配。
夜の種族の命運を賭けて闇の世界で人狼と戦う。
人狼の血を啜る。
わたしは朱を恐怖していたわけではない。
憧憬していのだ。
Mは天才画家の直感でそれを感知した。
K子とわたしの像を赤で縁どっていたのだ。
それにしてもこのジジイになにができるというのか。
一族の血はいまになってわたしになにをさせようとしているのか。
わたしは感慨をこめて「夏の日の水神の森」を見た。
いままでとはちがった絵になっていた。
朱色がなんと心地好く映じることか。

順路通りに几帳面に全部作品を見終わった妻がわたしの前に立っていた。
めずらしくきつい顔をしている。
戦後六十年。Mの絵画に癒され、その美に共感して生き抜いて来たひとびとの群れの中から、妻は現れた。
「あなたの後ろの方。入り口であなたに招待券くださった方でしょう。わたしにかくしてもわかるわよ。紹介してくださる」
丁寧過ぎることばは妻が緊張しているからだ。
嫉妬しているからだ。
わたしとK子は、同時にふりかえった。
そして肩を寄せあって並んだ。
「わたしの母だ」

妻は見事にソフアに倒れ込んだ。

むりもない。
いま見てきたばかりの「夏の日の水神の森」の少女のような女性がそこには老いもせずに存在していたのだから……。

人狼とはかぎらないのかもしれない。
ひとの血を求める……の……は……。
わたしは妻の向こうのひとたちを見た。
周囲のひとたちは老人で、襟や喉もとが皺の集積なので安堵した。 
もし、処女のごとくなよなよとした白い喉と襟足をしていたら……。

わたしは、彼らの喉もとに噛みついていたろう。

                            (完)



one bite,please. ひと噛みして!! おねがい。
         ↓
    にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説

ああ、快感。


朱の記憶(13)  麻屋与志夫

2008-11-22 05:54:46 | Weblog
輝いたのではない。
わたしの指の攻撃で血をながしていた。
わたしはまだ完全に獣化しきっていない人狼の顎のしたに頭をいれた。
上におしあげた。
犬歯の攻撃を防御した。
鉤爪が襲ってくる。
両手と両足で人狼の足を十字に固定した。
目の前に人狼の喉仏があった。

わたしは太股の劇痛に耐えた。
人狼の喉に食らいついた。

乱杭歯が生えてきたわけではない。
人狼の喉の骨をくいちぎったのはインプラントの歯だった。

だがその歯根のさらに奥深く疼きがあった。    
歯茎が疼いていた。

わたしは、おもわず、舌を人狼の傷口にあてた。
朱色はもはや、忌避すべき色ではなかった。

快楽とともに受容するものだった。

人狼におそわれる恐怖。
朱の記憶の中でおびえて生きてきた。

だがおそわれるより、おそうほうがスリルがある。

咬まれるより、咬む。

咬むよろこびに目覚めた。

血だらけのわたしを発見したのは。
元工員のひとたちだった。
そしてわたしが倒れていたのは……。
奇しくも母がわたしの命を。
人狼から奪い返した。
場所だった。
工場跡地の中庭だった。

月がさえわたっていた。
因縁だ。
因縁だ。
旦那の通夜に襲われた。

「Mの展覧会をみにいこう。あの絵に会える気がする。Mの回顧展にいきたい」
「あなた口をきかないで。いますぐ救急車がくるから」

妻はわたしのながした血を見ておろおろしていた。
わたしはいままでわたしの邪魔をしてきた人狼を倒した。
よろこびで、はればれとした気分になっていた。
                                                                          
咬むことは、日常の咀嚼行為のように癖になるものらしい。

それに、あまりにすみやかなわたしの太股の傷の回復が気にかかる。

もしまた咬む機会があれば!!

わたしの細胞は若返る。
かもしれない?
 



one bite,please. ひと噛みして!! おねがい。
         ↓
    にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説

ああ、快感。


朱の記憶(12) 麻屋与志夫

2008-11-22 01:48:36 | Weblog
わたしは生まれたときのままの全裸で。
人狼とにらみあっていた。

「……縮んではいない。
さすがだ、吸血姫のベビイだけはあると褒めておこう」
「吸血姫。そのコドモ? わたしが……」
「しらなかったのか。
ここは、おれたち人狼の町だ。
むかしから。お前らは邪魔なのだ。
おれたちの真の姿を見ることのできる。
吸美族のきさまらはよそ者なのだ」

人狼にはかれらの真の姿を喝破する。

わたしたちの存在が疎ましかったのだ。

「狼のくせに九尾の狐が怖かったのだろう」

いままで、わたしたちの同族の男子が何人殺されてきたことか。

嬰児が狼の顎の中に消えていく場面が。

既視感となって。
パノラマ現象が脳裏に白光をともなって閃いた。 

その恨みがふいにわたしの内部で爆発した。
遺伝子のなかに組み込まれていた情報が機能しはじめていた。
わたしの股間にたれさがった男根に人狼のひと噛みがおそった。
わたしは股のあいだにそれを挟んで攻撃をかわした。
相打ちしかこの危機を乗り越える手はない。
しかし、局所では困る。死を招きかねない。
本能的にさとっていた。

腿の肉をしたたか食いちぎられた。
凄まじい痛覚がおたしをおそった。

それでも太股に挟んだ人狼の首をしめつづけた。

人狼は口の中でわたしの肉を咀嚼している。

旨そうに音をたてて……。
そこに隙が生じた。

人狼の目にわたしは指をつきたてた。
わたしは鉤爪になることもなかった。
未知の力がからだにみちみちてくることもなかった。
ただ、妻が、父の棺桶の隣なりにわたしの棺桶を見ずにすむように戦う。
いままでかずかぎりなく人狼の犠牲にされたてきたこの町のひとのためにも戦う。
「人狼の喉仏を食いちぎるのよ。
ボウヤ。わたしのボウヤ。
できる。勝てるよ。負けないで」
頭の中で声がする。耳の奥から声がひびいてくる。
「わたしの人生をことごとくダメにしてきた。
わたしの邪魔ばかりしてきた。
許さん。わたしと住めなかった、母の恨み。
同族の恨み。復讐してやる」
「ほざけ。老いぼれ」

人狼の両眼が真紅に輝いた。





one bite,please. ひと噛みして!! おねがい。
         ↓
    にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説

ああ、快感。