インプラントの歯茎の奥が疼いている。
一噛み一年。そんなことばが脳裏にうかぶ。
人狼を噛み殺すたびに、一年づつ若返る。
どうやら、人狼と戦うことはわたしが先祖から受け継いだ血のなせる宿命らしい。
口を血でみたすことは快楽。
快楽なのだ。
「もう、気づくのが遅いんだから」
わたしの内部でいつもの、いや背後で声がした。
わたしはMの絵を見ながら背後の声に導かれていた。
ふりかえって、彼女の顔を見たい。
背後にはなつかしい気配。
夜の種族の命運を賭けて闇の世界で人狼と戦う。
人狼の血を啜る。
わたしは朱を恐怖していたわけではない。
憧憬していのだ。
Mは天才画家の直感でそれを感知した。
K子とわたしの像を赤で縁どっていたのだ。
それにしてもこのジジイになにができるというのか。
一族の血はいまになってわたしになにをさせようとしているのか。
わたしは感慨をこめて「夏の日の水神の森」を見た。
いままでとはちがった絵になっていた。
朱色がなんと心地好く映じることか。
順路通りに几帳面に全部作品を見終わった妻がわたしの前に立っていた。
めずらしくきつい顔をしている。
戦後六十年。Mの絵画に癒され、その美に共感して生き抜いて来たひとびとの群れの中から、妻は現れた。
「あなたの後ろの方。入り口であなたに招待券くださった方でしょう。わたしにかくしてもわかるわよ。紹介してくださる」
丁寧過ぎることばは妻が緊張しているからだ。
嫉妬しているからだ。
わたしとK子は、同時にふりかえった。
そして肩を寄せあって並んだ。
「わたしの母だ」
妻は見事にソフアに倒れ込んだ。
むりもない。
いま見てきたばかりの「夏の日の水神の森」の少女のような女性がそこには老いもせずに存在していたのだから……。
人狼とはかぎらないのかもしれない。
ひとの血を求める……の……は……。
わたしは妻の向こうのひとたちを見た。
周囲のひとたちは老人で、襟や喉もとが皺の集積なので安堵した。
もし、処女のごとくなよなよとした白い喉と襟足をしていたら……。
わたしは、彼らの喉もとに噛みついていたろう。
(完)
one bite,please. ひと噛みして!! おねがい。
↓
ああ、快感。
一噛み一年。そんなことばが脳裏にうかぶ。
人狼を噛み殺すたびに、一年づつ若返る。
どうやら、人狼と戦うことはわたしが先祖から受け継いだ血のなせる宿命らしい。
口を血でみたすことは快楽。
快楽なのだ。
「もう、気づくのが遅いんだから」
わたしの内部でいつもの、いや背後で声がした。
わたしはMの絵を見ながら背後の声に導かれていた。
ふりかえって、彼女の顔を見たい。
背後にはなつかしい気配。
夜の種族の命運を賭けて闇の世界で人狼と戦う。
人狼の血を啜る。
わたしは朱を恐怖していたわけではない。
憧憬していのだ。
Mは天才画家の直感でそれを感知した。
K子とわたしの像を赤で縁どっていたのだ。
それにしてもこのジジイになにができるというのか。
一族の血はいまになってわたしになにをさせようとしているのか。
わたしは感慨をこめて「夏の日の水神の森」を見た。
いままでとはちがった絵になっていた。
朱色がなんと心地好く映じることか。
順路通りに几帳面に全部作品を見終わった妻がわたしの前に立っていた。
めずらしくきつい顔をしている。
戦後六十年。Mの絵画に癒され、その美に共感して生き抜いて来たひとびとの群れの中から、妻は現れた。
「あなたの後ろの方。入り口であなたに招待券くださった方でしょう。わたしにかくしてもわかるわよ。紹介してくださる」
丁寧過ぎることばは妻が緊張しているからだ。
嫉妬しているからだ。
わたしとK子は、同時にふりかえった。
そして肩を寄せあって並んだ。
「わたしの母だ」
妻は見事にソフアに倒れ込んだ。
むりもない。
いま見てきたばかりの「夏の日の水神の森」の少女のような女性がそこには老いもせずに存在していたのだから……。
人狼とはかぎらないのかもしれない。
ひとの血を求める……の……は……。
わたしは妻の向こうのひとたちを見た。
周囲のひとたちは老人で、襟や喉もとが皺の集積なので安堵した。
もし、処女のごとくなよなよとした白い喉と襟足をしていたら……。
わたしは、彼らの喉もとに噛みついていたろう。
(完)
one bite,please. ひと噛みして!! おねがい。
↓
ああ、快感。