田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

朱の記憶(8)    麻屋与志夫

2008-11-19 08:36:29 | Weblog
 わたしたちの種族では男の子はかんげいされなかった。
 男が生来の能力に目覚めることは、小さな部族に危機をまねくだけだ。
 男が血を吸う種族全体のもつ能力に目覚めることは忌み嫌われていた。
 そんなことが起きれば、部族に滅亡をもたらすかもしれないのだ。
 女だけがマインドバンパイアとして生きてきた。
 人と交わることもできた。
「わたしたちの部族は男を産んだときはね。
 母親みずからが赤ちゃんに割礼を施すのよ。
 嬰児に割礼を施して男に種族の本能に目覚めさせないようにするの。
 割礼が本能を抑えるなんてまったくの迷信よね。
 たぶんかわいそうにそのときの朱の記憶。
 血の色を痛みとともに覚えたのね。
 かわいそうに。
 初めて流した血の色を覚えているのだわ」
 
 どこかであまりにも、わたしの立場と似ている一節を読んだ。
 吸血鬼小説集の中だったような記憶がある。 

 それとも、現実の中で誰かにいわれたことばなのか。
 やはり、小説の中でのことなのか、分明ではない。

 どこで読んだのか記憶にない。
 誰かにきいたことばだというのか?  

 いまとなっては曖昧となった記憶だ。
 あるいは、わたしの書いたものかもしれない。

 わたしは気にいった文があるとコラジューのようにじぶんの小説のなかにちりばめるという手法をとっている。
 どのていどまでが許され、ここからは剽窃といわれるのだろうか。
 
 わからない。

 わたしの小説の中の一節だとしても、それがわたしがまちがいなく書いたものだという確証はない。

 わたしは母に疎まれた子だとながいこと苦しんできた。

「狼がでた。狼がきたわ」
 冬。満月の夜。母はよくそういって怯えていた。

 わたしは庭にくわえだされていた。雪が降っていた。
 かけつけたロープ工場の職工たちがわたしを救出してくれた。
 まだメタモーフォズを解けず人狼のままでいたものが殴打されていた。 
「まあ、割礼されたと思えば……」
 なにもしらない父は母をなだめていたという。
 生まれてすぐの記憶などあるはずがない。
 ひと伝にきいたことなのだろう。
 ひと伝にきいたそのときの記憶を大人になってから蘇らせ、膨張させてきたのだ。   
 血の記憶は母によるものではなかった。
 わたしが母にもよろこばれていなかったなどということは妄想だったのだろう。  
 狼におそわれて包皮をくいちぎられた記憶が割礼の儀式のイメージとダブッタのだ。
 
 刺すような痛みと血の記憶だけが幼い頭にやきついたのだ。
 生まれて三日目と、よちよち歩きの頃。
 わたしは二度にわたっておそわれていた。
 それいらいわたしは赤い色を見るとおののいた。
 ひどいときは嘔吐した。失神した。




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