第二十章 酒の谷唄子
2
唄子を呼びつづけた。
おねがい。
もういちど。
いちどだけでもいいから声をきかせて。
送話口はふさいだ。
部屋の電話で隼人に連絡する。
美智子はガレージに走りこんだ。
BMWを運転する。
ハンドルをにぎっているじぶんがシュールだ。
他人のようだ。
ここにいるのはわたしだ。
車を運転して大井を過ぎ、渋谷を過ぎた。
青山の霞町に向かっているのはわたしだ。
「唄子。唄子――」
もういちど、声をきかせて。
呼気はきこえる。
ようだ。
モーの鳴き声はする。
ときどききこえる。
唄子のかわいがっている。
サイべリアン。
モーのニャアというかすかな鳴き声。
モーが鳴いていれば。
唄子はまだ生きている。
管理人のオジサンがまっていた。
「百子さんがもう到着しています。
屋上にいきました。
酒の谷さんは部屋にはいませんでした」
よかった。
百チャンがもうきている。
さすがクノイチ48。
エレベーターからトビダシタ。
三段ある階段。
駈けあがった。
高層ビル屋上。
手すりに足をかけて唄子がいた。
百子がいた。
唄子に近寄ろうとする美智子の肩に手をかけた。
首を横にふっている。
刺激するのはまずい。
そういっている。
モーが唄子の足もとにいる。
まだ、片足だけは、屋上の床を踏んでいる。
唄子の足に背を押しつけた。
甘えている。
背をこすりつけて甘えている。
あの足が床を離れたら終わりだ。
唄子は夜の闇にすいこまれる。
落下する。
唄子の体が手すりから離れたら――。
「唄子。唄子。楽しいことかんがえよう」
「美智子。わたしもうだめ。死ぬ」
唄子の体が闇の中を。
ビルの側面を落ちていく。
イメージ。
階段を駆け上がってくる。
靴音。
隼人とキリコのものだった。
「唄子さん。
霧降りの『山のレストラン』で北米料理ごちそうすわ。
モーと一緒に食べない。
虹鱒のチーズ焼きおいしいわよ。
これが絶品なんだ。
モーちゃんも魚すきでしょう。
一緒に食べましょうよ」
話ながら――。
キリコが手すりに片足かけた唄子に。
近寄っていく。
「だめ。コナイデ。わたしとびおりるから」
「虹鱒よ……。虹鱒……よ。虹鱒」
唄子はすでに屍衣をまとっているようだった。
体からあのハツラツとしたオーラが消えていた。
屋上を照らす灯りのなかで死んでいた。
唄子の足が床を離れた。
鞭だ。
きりこの金属鞭がとんだ。
鞭が唄子の足にからみついた。
三節棍。
百子が投げた。
鞭と三節棍が止めた。
唄子の落下を止めた。
唄子を手すりに固定した。
「モウダメ。モウダメ」
うわ言。
興奮している。
「唄子。もう大丈夫。ワタシタチ、皆いるから」
「モウ……ダメ」
「ほらモウダメなんかじゃない。モーちゃんもいるじゃない」
美智子は唄子をだきおこした。
「わたしが直人に死なれたとき、
ずっと悲しんでいたあのとき、
唄子が励ましてくれた。
唄子が助けてくれた。
こんどは、
わたしがなんとかするから、
また一緒に映画の仕事しょう」
美智子は唄子をだきしめた。
「あきらめないで。死ぬなんてかんがえないで」
「みんなで、虹鱒」
隼人がはじめて声をだす。
モーが唄子に体をすり寄せた。
唄子がモーをだきあげる。
ほほを寄せて泣きじゃくった。
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唄子を呼びつづけた。
おねがい。
もういちど。
いちどだけでもいいから声をきかせて。
送話口はふさいだ。
部屋の電話で隼人に連絡する。
美智子はガレージに走りこんだ。
BMWを運転する。
ハンドルをにぎっているじぶんがシュールだ。
他人のようだ。
ここにいるのはわたしだ。
車を運転して大井を過ぎ、渋谷を過ぎた。
青山の霞町に向かっているのはわたしだ。
「唄子。唄子――」
もういちど、声をきかせて。
呼気はきこえる。
ようだ。
モーの鳴き声はする。
ときどききこえる。
唄子のかわいがっている。
サイべリアン。
モーのニャアというかすかな鳴き声。
モーが鳴いていれば。
唄子はまだ生きている。
管理人のオジサンがまっていた。
「百子さんがもう到着しています。
屋上にいきました。
酒の谷さんは部屋にはいませんでした」
よかった。
百チャンがもうきている。
さすがクノイチ48。
エレベーターからトビダシタ。
三段ある階段。
駈けあがった。
高層ビル屋上。
手すりに足をかけて唄子がいた。
百子がいた。
唄子に近寄ろうとする美智子の肩に手をかけた。
首を横にふっている。
刺激するのはまずい。
そういっている。
モーが唄子の足もとにいる。
まだ、片足だけは、屋上の床を踏んでいる。
唄子の足に背を押しつけた。
甘えている。
背をこすりつけて甘えている。
あの足が床を離れたら終わりだ。
唄子は夜の闇にすいこまれる。
落下する。
唄子の体が手すりから離れたら――。
「唄子。唄子。楽しいことかんがえよう」
「美智子。わたしもうだめ。死ぬ」
唄子の体が闇の中を。
ビルの側面を落ちていく。
イメージ。
階段を駆け上がってくる。
靴音。
隼人とキリコのものだった。
「唄子さん。
霧降りの『山のレストラン』で北米料理ごちそうすわ。
モーと一緒に食べない。
虹鱒のチーズ焼きおいしいわよ。
これが絶品なんだ。
モーちゃんも魚すきでしょう。
一緒に食べましょうよ」
話ながら――。
キリコが手すりに片足かけた唄子に。
近寄っていく。
「だめ。コナイデ。わたしとびおりるから」
「虹鱒よ……。虹鱒……よ。虹鱒」
唄子はすでに屍衣をまとっているようだった。
体からあのハツラツとしたオーラが消えていた。
屋上を照らす灯りのなかで死んでいた。
唄子の足が床を離れた。
鞭だ。
きりこの金属鞭がとんだ。
鞭が唄子の足にからみついた。
三節棍。
百子が投げた。
鞭と三節棍が止めた。
唄子の落下を止めた。
唄子を手すりに固定した。
「モウダメ。モウダメ」
うわ言。
興奮している。
「唄子。もう大丈夫。ワタシタチ、皆いるから」
「モウ……ダメ」
「ほらモウダメなんかじゃない。モーちゃんもいるじゃない」
美智子は唄子をだきおこした。
「わたしが直人に死なれたとき、
ずっと悲しんでいたあのとき、
唄子が励ましてくれた。
唄子が助けてくれた。
こんどは、
わたしがなんとかするから、
また一緒に映画の仕事しょう」
美智子は唄子をだきしめた。
「あきらめないで。死ぬなんてかんがえないで」
「みんなで、虹鱒」
隼人がはじめて声をだす。
モーが唄子に体をすり寄せた。
唄子がモーをだきあげる。
ほほを寄せて泣きじゃくった。
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