第二十一章 悲しみの淵から立ち上がれ
1
美智子は堪えた。
唄子がソファの横に倒れていた。
脈をみた。
頸動脈に指をあてた。
キリコは横に首をふった。
「えっ、死んでるの」
百子がひくくつぶやいた。
安らかな、死に顔だった。
美智子は懸命に涙をおさえた。
それでも嗚咽がもけれた。
やがて、涙もこぼれはじめた。
泣きだすと、もう止まらない。
――ごめんね。すぐにきていればこんなことには、ならなかった。
警察の事情聴取をうけていた。
はじめは「有名人だからといって遠慮しません」などとっていた。
それはそうだろう。
あれだけの白兵戦が自由が丘の街中でおこなわれたのだ。
あとになって、穏やかな取り調べとなった。
上層部から指示があったのだろう。
マトリガールズのキリコもいた。
フロリダから来たポリスの隼人もいた。
だいいち。一般家庭が黒服の集団に襲われた。
などとは、発表できるはずがない。
――ごめんね。唄子。
唄子はもう口をきくことはない。
そう思うと、悲しみはさらに深く、おもくなった。
その重苦しい悲しみの中で、美智子はかんがえていた。
――どうして……わたしの家から……やはり、自殺なのだろうか。
クスリを飲んだのかしら。
検死官の役などやったことはない。
推理小説も読まない。
美智子にはなにもわからない。
話しかけても、返事はもどってこない。
あのさわやかな、
少し甘えたような調子のある、
唄っピの声はきくことができないのだ。
床に指で文字が書いてある。
Zとよめた。
手にはボールペンが握られていた。
メモ帳がおちている。
なにか書こうとしていたのだ。
本が乱雑に床に散らばっていた。
他殺だとしたら、犯人が唄子の本棚でなにか探した。
なにを?
美智子の頭を一瞬暗黒がよぎった。
黒い波頭が現れて消えた。
鉤状に曲がった五本の指が、本をつかんでいる。
なにかページを繰って探している。
男はこちらに背を向けている。
顔はわからない。
アイツラだろう。
黒服だ。
なにを探していたのか。
ようやく目覚めた美智子の能力ではそこまでだった。
翔太郎ジイちゃんがいれば、もっとビジョンが見えるはずだ。
床にはダイイング・メッセージのZ。
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