最終章
2
『今年の春もおわりね』
はらはらと山藤の花が散っている。
「はい、カット」
美智子が頼んで監督が承諾した。
急きょ撮影現場が霧降りの滝への道沿いに移動した。
街道には雑木林がせまっている。
むせるような緑の葉。
藤の花はナラやクヌギなどの木に巻きついて花を咲かせていた。
『山藤の花、見る約束だった。ふたりでここにきて、霧降りの「山のレストラン」で食事して、夕暮れどきの藤を見にくる約束だった。それなのに、あなたはさきに死んでしまった。どうしたらいいの。教えて。直人。わたしはこれからどうすればいいの』
つぎのシーンでは。
美智子が相手役の名前を「直人」と間違えてしまった。
あまりに美智子の実体験に近いシーンだった。
『戦火の村で』での、ラストシーンだった。
亡き恋人に語りかけるシーンだった。
それで、つい直人と呼びかけてしまった。
なんどかNGがだされている。
美智子がこの3年間かかえてきた悲しみと孤独。
隼人にはじぶんのことのように受け止めることができた。
――直人。あなたの愛した人をぼくも好きになりました。あなたの代役は務まらないとしても、彼女の孤独は癒すことができるでしょう。
「隼人なにボゾボソいっているの」
美智子が缶コーヒーを片手に近づいてきた。
隼人は思いきって美智子に聞いてみた。
「直人でなければだめですか。ぼくでは、まだ……だめですか」
「もういちど、ひとを好きになってもいいかな……とおもっている。だって初めて隼人を浅草の駅の構内でみたちきから、直人に見えていたもの……。隼人は交際することはを直人もよろこんでいてくれる。隼人を好きよ。直人のことをいまも愛していいる。忘れられない。それでいいのだったら……」
ほのぼのとした美智子の感情が隼人につたわった。
「わたしは永遠に直人のことを思いつづける。けっして、忘れることはできない。そんなわたしでよかったら、わたしのそばにいて」
それが美智子の応えだった。
「よかったら……。そこからスタートしましょう」
隼人は同意した。
藤の花房が彼女の肩にとどいていた。
EPILOG
いま生起しているものは、以前に生起した。将来生起するであろうものも、以前に生起した。そして神は、過ぎ去ったものを再び探し求める。
「ソロモン」第三章十五節
完
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『今年の春もおわりね』
はらはらと山藤の花が散っている。
「はい、カット」
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街道には雑木林がせまっている。
むせるような緑の葉。
藤の花はナラやクヌギなどの木に巻きついて花を咲かせていた。
『山藤の花、見る約束だった。ふたりでここにきて、霧降りの「山のレストラン」で食事して、夕暮れどきの藤を見にくる約束だった。それなのに、あなたはさきに死んでしまった。どうしたらいいの。教えて。直人。わたしはこれからどうすればいいの』
つぎのシーンでは。
美智子が相手役の名前を「直人」と間違えてしまった。
あまりに美智子の実体験に近いシーンだった。
『戦火の村で』での、ラストシーンだった。
亡き恋人に語りかけるシーンだった。
それで、つい直人と呼びかけてしまった。
なんどかNGがだされている。
美智子がこの3年間かかえてきた悲しみと孤独。
隼人にはじぶんのことのように受け止めることができた。
――直人。あなたの愛した人をぼくも好きになりました。あなたの代役は務まらないとしても、彼女の孤独は癒すことができるでしょう。
「隼人なにボゾボソいっているの」
美智子が缶コーヒーを片手に近づいてきた。
隼人は思いきって美智子に聞いてみた。
「直人でなければだめですか。ぼくでは、まだ……だめですか」
「もういちど、ひとを好きになってもいいかな……とおもっている。だって初めて隼人を浅草の駅の構内でみたちきから、直人に見えていたもの……。隼人は交際することはを直人もよろこんでいてくれる。隼人を好きよ。直人のことをいまも愛していいる。忘れられない。それでいいのだったら……」
ほのぼのとした美智子の感情が隼人につたわった。
「わたしは永遠に直人のことを思いつづける。けっして、忘れることはできない。そんなわたしでよかったら、わたしのそばにいて」
それが美智子の応えだった。
「よかったら……。そこからスタートしましょう」
隼人は同意した。
藤の花房が彼女の肩にとどいていた。
EPILOG
いま生起しているものは、以前に生起した。将来生起するであろうものも、以前に生起した。そして神は、過ぎ去ったものを再び探し求める。
「ソロモン」第三章十五節
完
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