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ドアの外に足音がした。
あわただしく、石の階段を駆け上がってくる足音。
切迫して、近寄ってくるものがある。
女はきりっとした動作で扉に向かう。
ノブに手をかけてからもういちど、少年のほうを振りかえった。
お…ね…が…い。
調理室の奥。
スタッフの休憩室。
みんなテレビを見ている。
テレビにはこのレストランの正面階段が映っていた。
地元の大谷石でくまれたかなり広い階段だ。
階段の中ほどを彼女がゆったりと下りていく。
なにか芝居がかった歩き方だ。
少年と行動をともにしていたときとは、別人のようだ。
いまこのレストランの前で起きている。
それを、テレビの画面を媒体として見ている。
非日常的ともとれるこの経緯を、コックが説明する。
「さすがに女優だ。ことしの主演女優賞をとっただけのことはある」
マネジャーが少年と部屋に入ってくる。
おどろいてみんながだまってしまった。
気まずい雰囲気になった。
テレビの画面からは音声が聞こえてきた。
いや、ずっと音は出ていたのだろう。
少年にはいまはじめて音声がとどいた。
彼女はマイクをつきつけられている。
プレスの男の声がひびいてきた。
「中山美智子さん。どうしてパーティーの席からぬけだしたのですか」
「どうして霧降にきたのですか」
「なにかあったのですか」
「なにか不愉快なことでもいわれたのですか」
そんなことはなかった。
なにもなかった。
いやあった。
受賞が決まった昨夜から一睡もしていない。
三次会でシャンペンを口にするまで。
直人のことを忘れていた。
忘れていた。
そして、ふいに気づいた。
いまからいけば、霧降には午前中につく。
事務所主催の今夜のパーティーまでにはもどれる。
どうして、約束の日を忘れていたのか。
思いがけない受賞で気が動転していたのだわ。
三年間片時も忘れたことはなかったのに。
……わたしどうかしていた。
直人のことを思いだしたら……ついふらふらと……浅草にいた。
「霧降は――霧降は……わたしのカムバックをいちばんよろこんでくれる彼との思いでの場所ですから」
美智子はマイクから意識をはずした。
マイクを意識しないことにした。
見られている。
聴かれている。
そうした演技を強いられるような意識の外の声でこたえていた。
美智子の言葉に反応した。
気づいたレポーターがいた。
「もうしわけありません。わたしたちは中山さんの彼との思いでの場所に乱入したわけですね。榊直人さんにご報告にきたのですね。カムバックの第一作で、みごと主演女優賞に輝いた感激の一言。賞をもらったいま、これからの抱負を聞かせてください」
棒読みしているようなぎこちない質問。
「中山美智子。それが彼女の名前か。直人さんの恋人は女優さんだなんて聞いていなかった」
怪訝な顔のマネジャーに少年は微笑み返す。
「よく似ているので、中山さんとおいでになったとき」
「ゴ―ストでも見たと思った」
「はい。榊直人さんにそっくりです」
「直人は、パパの兄の子でした。ぼくらは従兄弟どうしです」
従兄、直人の死を悼む少年の声が。
霧降は「山のレストラン」の厨房に残った。
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ドアの外に足音がした。
あわただしく、石の階段を駆け上がってくる足音。
切迫して、近寄ってくるものがある。
女はきりっとした動作で扉に向かう。
ノブに手をかけてからもういちど、少年のほうを振りかえった。
お…ね…が…い。
調理室の奥。
スタッフの休憩室。
みんなテレビを見ている。
テレビにはこのレストランの正面階段が映っていた。
地元の大谷石でくまれたかなり広い階段だ。
階段の中ほどを彼女がゆったりと下りていく。
なにか芝居がかった歩き方だ。
少年と行動をともにしていたときとは、別人のようだ。
いまこのレストランの前で起きている。
それを、テレビの画面を媒体として見ている。
非日常的ともとれるこの経緯を、コックが説明する。
「さすがに女優だ。ことしの主演女優賞をとっただけのことはある」
マネジャーが少年と部屋に入ってくる。
おどろいてみんながだまってしまった。
気まずい雰囲気になった。
テレビの画面からは音声が聞こえてきた。
いや、ずっと音は出ていたのだろう。
少年にはいまはじめて音声がとどいた。
彼女はマイクをつきつけられている。
プレスの男の声がひびいてきた。
「中山美智子さん。どうしてパーティーの席からぬけだしたのですか」
「どうして霧降にきたのですか」
「なにかあったのですか」
「なにか不愉快なことでもいわれたのですか」
そんなことはなかった。
なにもなかった。
いやあった。
受賞が決まった昨夜から一睡もしていない。
三次会でシャンペンを口にするまで。
直人のことを忘れていた。
忘れていた。
そして、ふいに気づいた。
いまからいけば、霧降には午前中につく。
事務所主催の今夜のパーティーまでにはもどれる。
どうして、約束の日を忘れていたのか。
思いがけない受賞で気が動転していたのだわ。
三年間片時も忘れたことはなかったのに。
……わたしどうかしていた。
直人のことを思いだしたら……ついふらふらと……浅草にいた。
「霧降は――霧降は……わたしのカムバックをいちばんよろこんでくれる彼との思いでの場所ですから」
美智子はマイクから意識をはずした。
マイクを意識しないことにした。
見られている。
聴かれている。
そうした演技を強いられるような意識の外の声でこたえていた。
美智子の言葉に反応した。
気づいたレポーターがいた。
「もうしわけありません。わたしたちは中山さんの彼との思いでの場所に乱入したわけですね。榊直人さんにご報告にきたのですね。カムバックの第一作で、みごと主演女優賞に輝いた感激の一言。賞をもらったいま、これからの抱負を聞かせてください」
棒読みしているようなぎこちない質問。
「中山美智子。それが彼女の名前か。直人さんの恋人は女優さんだなんて聞いていなかった」
怪訝な顔のマネジャーに少年は微笑み返す。
「よく似ているので、中山さんとおいでになったとき」
「ゴ―ストでも見たと思った」
「はい。榊直人さんにそっくりです」
「直人は、パパの兄の子でした。ぼくらは従兄弟どうしです」
従兄、直人の死を悼む少年の声が。
霧降は「山のレストラン」の厨房に残った。
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