マーチャンの写真日記(今を感じながら)

ついに退職の日が来ました。
この先どんな生活が展開していくのやら。
趣味の写真を中心に、つづってみたいと思います。

  5月23日(火)  信州へ(10) 小野御柱祭-5(終回)

2017年05月23日 | 2017年辰野町 小野御柱祭

5月3日の、小野の御柱祭。最終回です。

もう5月も下旬となりました。

7年に一度のお祭りは

その時しかなかった私たちを写しとめています。

そんな想いから完結するまで続けてしまいました。

「お昼だから来て」と電話が来た。

昼休憩にはそれぞれ自宅に帰り親戚ともども食事にする。

道端には、露店一件出ていません。

カミさんの実家は古い家だ。

母屋は12.5畳が四部屋あり、

昔は冠婚葬祭は全部自宅でやった。

今日も二間ぶち抜きの席だ。

↓ 書の作者、浅井洌は長野県の高名な教育者で、

長野県で義務教育を受けた人なら知らぬ人は居ない、

「信濃の国」の歌の作者で直筆の書だという。

おじいさんの代に、この家に泊まった折に書いたものだそうです。

知らなかった。

「皆で写真撮ろう」。

写真を撮るという事に年寄りはみんな重いものを感じている

カミさんも皆で撮りたいと思っていたし、義兄もそう思っていた。

カメラマンは私が買って出るしかいない。

近所の二番目の義弟はそちらもお客さんを呼んでいて、

五人兄弟夫婦みんなそろうことは叶わなかったが、

それなりの人数になりました。

帰りに近くの二番目の義兄の家にも寄った。

もうごちそうは食べられません、話だけ。

でも長居してしまいました。

帰り際、奥さんが「次もみんな元気だと良いね」。

7年に一度のお祭りは、

いつも皆にそんなしんみり感を残していく。

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  5月21日(日)  信州へ(9) 小野御柱祭-4

2017年05月21日 | 2017年辰野町 小野御柱祭

一の御柱の後に続く御柱では、

二番目の義弟の倅が副元綱の役を務めているというので行くことにした。

予定より遅いので、一つ上の集落まで上がっていくことにした。

御柱はちょうど休憩中だ。甥を中心に記念撮影。

 

 

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  5月18日(木)  信州へ(8) 小野御柱祭-3

2017年05月18日 | 2017年辰野町 小野御柱祭

 辰野町 小野の御柱祭。

カミさんの実家のお祭りです。

五月連休も遠くなってきましたが、

飛び飛びながらでもこのシリーズを完結させなくてはと思い始めました。

次は7年後、このお祭りの記録もまた大切な記録になる気がして。

カテゴリーに「2017年 辰野町 小野御柱祭」を追加しました。

↓ 実家の義兄はもう長老格、実務や体力仕事からは解放されているようだ。

デジカメ片手に先頭グループを行く。

↓ スーツ姿の人もいる。お客に来て自分も参加している人たちだ。

↓ 祭りの喧騒の裏路地。

二台持っていた一方のカメラの電池が無くなってしまった。

私としたことが。取りに戻るのが大変。

戻る入り口はとうに御柱の人混みにふさがれている。

苦労して逆行しやっと裏道に出た。

学校の桜がまだパラパラと散っています。

↓ T字路のカーブです。交差点の真ん中に小さなお堂が立っている。

長い柱が、狭い道を直角に曲がる。

知恵の輪のような難所です。

この日ばかりは、見物人は人のお宅の庭もお構いなく入って見物です。

この後も曳航は続くのですが、

二番目の義兄の倅が、次の御柱の元綱で頑張っているという。

この御柱とはここで分かれて、

携帯で連絡を取り合って、来た道を戻ることにしました。

 

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  5月15日(月)  信州へ(7) 小野御柱祭-2

2017年05月15日 | 2017年辰野町 小野御柱祭

5月3日。 

カミさんの実家の、辰野町小野の御柱。

諏訪の大御柱祭と比べたくなるが、

スケールだけで比べるのはナンセンスと思った。

諏訪御柱が、巨大でメジャーになりすぎて、

ある距離以上には近づきにくい時があるのに比べ、

ここにはそういうものがほとんど感じられません。

ほとんどか集落の顔見知り同士。

お客もその親戚友人だからでしょう。

柱を囲む人たちの一体感が違うのです。

チューリップの畑は、柱と一緒に移動するにはどうしても入りたくなる場所です。

小さな看板が立っていたので、「入るべからず」、と書いてあるとばかり思っていた。

カミさんの話では、「どうぞ中へお入りください」と書いてあったというのです。

主の気持ちの良い心遣いではないか。

子供たちの木遣り

 

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  5月14日(日)  信州へ(6) 小野御柱祭-1

2017年05月14日 | 2017年辰野町 小野御柱祭

5月3日。

カミさんの実家の、辰野町小野の御柱祭は

諏訪大社の御柱祭と一年遅れで行われる。

「招待状が来た」。

実家といっても、古希を過ぎれば代替わりして、

自分の思いとは別に距離をわきまえないといけない。

カミさんは嬉しそうだった。

国道の交通規制がかかる前にと7時ちょっと過ぎにお宅に。

お勝手を預かる奥さんと娘さんたち以外はほとんど家に居ない。

「もうそこまで御柱来ているよ」。

集落のはずれの庚申塚まで急ぎます。

途中で上の義兄と行き会った。

御幣を持って列の先頭集団を歩く役だ。

↓ 庚申塚に、一の御柱が来ていた。

柱がきれい。大黒柱のような磨きがかかっている。

このあたりが諏訪御柱と違うところだ。

大きさこそ、諏訪にはかなわないが、今回はかなり大きな柱らしい。

↓ 車は減速しないとすれ違えような道幅。

道の真ん中は少しこんもりしている。

だから御柱は簡単に道の端に行きたがる。

柱のくぼみにお清めの塩が。

柱の直近を預かる元綱の人たちの衣装には、結構お金がかかっています。

この後、集落の中を通って佳境に入っていきます。

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