詩人PIKKIのひとこと日記&詩

すっかりブログを放任中だった。
詩と辛らつ日記を・・

詩 死

2010年08月28日 | 
墓までも
ごてごてと飾り立てることはないだろう
そうでもしないと
誰も思い出してくれない人生というのか
丘をごっそりと抉ぐりとっては

死んでしまった男の墓は
落ち葉に埋もれ
死んでしまった女の墓は
獣道の下でいい

死んでゆきつつあるぼくらは
なにかの肥やしになってゆくのがいい

死んでゆく定めは
誰にも平等な唯一のことで
到底拒絶できないことだから

8月には

2010年08月28日 | 
決して忘れはしない
この世が終わるときにも
戦争の犠牲者の君たちを
いまも刻々と
虫けらのように殺されつつあるいのちを

原爆は
数十万の人々のいのちと
あらゆる生命を焼きつくした

それ以後もアメリカは
朝鮮でもベトナムでも
地形の変わるほどのじゅうたん爆撃と
枯葉剤をばら撒いては
数十年後の今でも奇形児だらけのベトナム

(除草剤として使おうとした林野庁が
山林に枯葉剤を放置した日本でもそうだったが・・)

それらを反省するどころか
中東戦争でも
コソボ紛争でも
イランやアフガン侵略戦争でも
劣化ウラン弾を雨あられと投下して
奇形児の子供たちの大量生産

ぼくらは生きている限り
決して忘れないだろう
戦争立国アメリカの人類への冒涜を
平和憲法立国日本にしか
人類の未来がないのだということを

今日感動した詩(1)

2010年08月28日 | 
    序詩   尹東柱

死ぬ日まで天を仰ぎ
一点の恥じ入ることもないことを
葉あいに起きる風にすら
私は思いわずらった。

星を歌う心で
すべての絶え入るものをいとおしまねば
そして私に与えられた道を
歩いていかねば。

今夜も星が 風にかすれて泣いている。 (金時鐘訳)


尹東柱は、日本の植民地とされて奪われた韓国語で詩作していたために、敗戦の数ヶ月前に獄中で殺された詩人。

訳者の金時鐘は、”アカの島”と言われて、島民の半分以上が米軍や韓国軍隊・右翼に虐殺された済州島からかろうじてに日本へと脱出した詩人。
愛する女性が射殺されるのをただただ見つめるしかなかったのだという。

これほど美しい挽歌、そして頌歌を目にしたことはかってなかった。