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第二次大戦 戻ってきた日章旗

2010年08月06日 16時02分54秒 | 日々起きたことや
8月15日終戦記念日が来ます。

今日は広島に原爆が落とされて日でもあります。

私の親父は第2次世界対戦で南方の戦地に従軍しました。

昭和17年から18年までニューブリデン島ラバウルから

ソロモン群島ボーゲンビル島を転戦していたようです。

日本に帰ってきたのは昭和21年2月のことで

栄養失調と併発した結核などで帰国後半年程入院してたようです。

南方戦線に従軍した将兵20万のうち日本に帰還できたのは2万人だそうです。

親父が生存中、私たち子供にはあまり多くの事を語らなかったので

詳しくは知りませんでした。

それが平成21年外務省管轄の役所から私の弟へ連絡が来て

オーストラリアの元軍人から所持していた

戦争遺留品を返還されることになりました。

日章旗以外は持ち主不明

P8060003P8060003 posted by (C)しげじい


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日章旗日章旗 posted by (C)しげじい

他の遺留品はその持ち主は不明でしたが、日章旗に関しては

親父の名前が記入されていたのと生まれた住所に大船神社があったことが

決め手になり去年、私の弟の元に帰ってきました。

残念ながら親父は1972年結核で亡くなり、

母は平成18年に亡くなっていました。もう少し早かったら

少なくとも母はこの遺品を見ることが出来たかと思うのです。

この日章旗、武運長久と書かれたお守りのような旗を何処で

手放したかは、もう永遠に分かりませんが

戦争終結時、日本の敗残兵の多くの遺留品の中から

オーストラリアの元軍人の方が見つけられたようです。

今現在は私の家に有り、親父の孫である子供が管理することになっています。

私たち子供は戦後に生まれたので戦争そのものの経験はしておりませんが

親父から聞いた少ない話などわかることは

子孫に戦争の悲惨さを少しでも語り継がないといけないではないかと思います。

合掌  m(_ _)m

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