私の愛車ハーレダビッドソンFXR1988年式であります。

この日は無性にこれに乗りたくなり、朝から乗り出しておりました。
で、特に目的もなかったので缶コーヒーを飲みながらしげしげとこいつを眺めていると…
我ながら結構いじってきたよな…

そう、このバイク手に入れたときからコツコツコツコツカスタムを繰り返し、
今では唯一無二の一台となっているのです。
カスタムの最初はやはり見た目でした。
持ち上がったバッファローの角のようなハンドルはカッコイイにはかっこよかったのですが、
どちらかというと貧弱な私の体格には似合わなかったので、
出来るだけハンドル位置を下げ、乗った時背中が丸くなるようなイメージにしてみました。
すると、気分は「攻めている」という気になるものですから、
そうなりゃやはり速くしたい!
世間的には遅いバイクの代表のようなイメージのハーレですが、
それがなかなか、少しいじると驚くほど速くなるんですよ!
ですが問題はその費用。
当時まだ日本の代理店で部品を手に入れるのが一般的でしたから、
パーツのどれをとっても、それこそミラー一つにしても馬鹿高い!
ですがある時、アメリカのパーツ屋さんのカタログを手に入れ見てみると、
そのほとんどが日本の市価の3~4分の一程度!
ならば…
慣れない英語を駆使して一生懸命その海外のお店にアプローチ!
当然当時はインターネットなんてあるはずないから、手段はもっぱらファックスで。
それでも買いたい者と売りたい者ののやり取りなので話は建設的に進んでゆき、
最終的にはそこのお店を通じていろいろなメーカーのパーツを輸入できるようになりました。
となれば…
先ほど言ったように市価よりもかなり安く入手できるのだから、
欲しいパーツは3つ購入し、一つは自分用で残り二つは個人売買でさばく。
(当然当時は雑誌の「うりたし」ノコーナーで)
で、その時の価格を市価の3~4割引きに設定にしても、
二つ売れれば送料込みで私の分がタダになる計算!
まるで錬金術のようなこの方法で、気が付けばかなりのパーツを手に入れ、そして売り、
ほとんどお金をかけることなく今の形に仕上がりました。
で、この方法の良かったのは費用面だけではなく、性能面でも。
当時はやはり新製品は半年か一年遅れでやってきていたのに、
個人輸入だとリアルタイムで手に入るから、
優れたカスタムパーツを早め早めにガンガン入れることができたので、
気が付きゃ私のバイクは、かなり速い部類に入るものに仕上がってくれておったのです。
その時ちょうど出始めていたベンチテストによるパワーチェックでは、
時速240キロをマークし、その後のとあるイベントではついに実速200キロ越えをいたしました。

速くなったrブレーキも併せて強化せねばね
ヽ(^∀^)ノ
ですが、その時から何だか急に気が変わってしまったのです。
つまりまあ、目を三角にして走るのをやめ、
街中をドコドコとのんびり走り、気が向いたところでコーヒーを飲んで一服。
今のようなスタイルに変わってしまったのです。
ですからカスタムも以降はほとんど手を加えることなく、
いまの形に落ち着いて…
そうそう、そんな中皆さんにもぜひおすすめなのがこれ!

オイルクーラーの切り替えスイッチ
(特に空冷の大排気量の車輛だと、冬場のオーバークールを手軽に防げて便利。)
だからそう思うと、この形が私の中での最終形態、つまり完成形だったのかもしれないな…
とまあ、この日はそんなことを考えながら、愛車をしげしげ眺めていたのです。
うん、こいつはやっぱカッコイイ!
ということでそんなカスタム内容はざっと動画にてご覧ください。
そうそう、あとついでに言うとね。
先の方法でパーツを入手していて本当に良かったと思うことがもう一つ!
それは、いろいろなやり取りで先方と仲良くなって、
季節ごとにプレゼントを贈ったり送られたりと、
気が付けば結構プライベートでのやり取りも。
思えば結構楽しい時代だったな~。
ミネソタのショップのJOEは元気でやっているかな~?
**動画**
ハーレーダビッドソン FXR 88年式 ~ Harley Davidson FVR 88 model~

この日は無性にこれに乗りたくなり、朝から乗り出しておりました。
で、特に目的もなかったので缶コーヒーを飲みながらしげしげとこいつを眺めていると…
我ながら結構いじってきたよな…

そう、このバイク手に入れたときからコツコツコツコツカスタムを繰り返し、
今では唯一無二の一台となっているのです。
カスタムの最初はやはり見た目でした。
持ち上がったバッファローの角のようなハンドルはカッコイイにはかっこよかったのですが、
どちらかというと貧弱な私の体格には似合わなかったので、
出来るだけハンドル位置を下げ、乗った時背中が丸くなるようなイメージにしてみました。
すると、気分は「攻めている」という気になるものですから、
そうなりゃやはり速くしたい!
世間的には遅いバイクの代表のようなイメージのハーレですが、
それがなかなか、少しいじると驚くほど速くなるんですよ!
ですが問題はその費用。
当時まだ日本の代理店で部品を手に入れるのが一般的でしたから、
パーツのどれをとっても、それこそミラー一つにしても馬鹿高い!
ですがある時、アメリカのパーツ屋さんのカタログを手に入れ見てみると、
そのほとんどが日本の市価の3~4分の一程度!
ならば…
慣れない英語を駆使して一生懸命その海外のお店にアプローチ!
当然当時はインターネットなんてあるはずないから、手段はもっぱらファックスで。
それでも買いたい者と売りたい者ののやり取りなので話は建設的に進んでゆき、
最終的にはそこのお店を通じていろいろなメーカーのパーツを輸入できるようになりました。
となれば…
先ほど言ったように市価よりもかなり安く入手できるのだから、
欲しいパーツは3つ購入し、一つは自分用で残り二つは個人売買でさばく。
(当然当時は雑誌の「うりたし」ノコーナーで)
で、その時の価格を市価の3~4割引きに設定にしても、
二つ売れれば送料込みで私の分がタダになる計算!
まるで錬金術のようなこの方法で、気が付けばかなりのパーツを手に入れ、そして売り、
ほとんどお金をかけることなく今の形に仕上がりました。
で、この方法の良かったのは費用面だけではなく、性能面でも。
当時はやはり新製品は半年か一年遅れでやってきていたのに、
個人輸入だとリアルタイムで手に入るから、
優れたカスタムパーツを早め早めにガンガン入れることができたので、
気が付きゃ私のバイクは、かなり速い部類に入るものに仕上がってくれておったのです。
その時ちょうど出始めていたベンチテストによるパワーチェックでは、
時速240キロをマークし、その後のとあるイベントではついに実速200キロ越えをいたしました。

速くなったrブレーキも併せて強化せねばね
ヽ(^∀^)ノ
ですが、その時から何だか急に気が変わってしまったのです。
つまりまあ、目を三角にして走るのをやめ、
街中をドコドコとのんびり走り、気が向いたところでコーヒーを飲んで一服。
今のようなスタイルに変わってしまったのです。
ですからカスタムも以降はほとんど手を加えることなく、
いまの形に落ち着いて…
そうそう、そんな中皆さんにもぜひおすすめなのがこれ!

オイルクーラーの切り替えスイッチ
(特に空冷の大排気量の車輛だと、冬場のオーバークールを手軽に防げて便利。)
だからそう思うと、この形が私の中での最終形態、つまり完成形だったのかもしれないな…
とまあ、この日はそんなことを考えながら、愛車をしげしげ眺めていたのです。
うん、こいつはやっぱカッコイイ!
ということでそんなカスタム内容はざっと動画にてご覧ください。
そうそう、あとついでに言うとね。
先の方法でパーツを入手していて本当に良かったと思うことがもう一つ!
それは、いろいろなやり取りで先方と仲良くなって、
季節ごとにプレゼントを贈ったり送られたりと、
気が付けば結構プライベートでのやり取りも。
思えば結構楽しい時代だったな~。
ミネソタのショップのJOEは元気でやっているかな~?
**動画**
ハーレーダビッドソン FXR 88年式 ~ Harley Davidson FVR 88 model~