エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

1-XIII-4

2021-08-05 16:28:32 | 地獄の生活

 フォルチュナ氏はヴァロルセイ侯爵に用立てた四万フランが無駄になったことを知ると最初は激怒し、それはすぐに失われた金への嘆きに代わった。それも尤もなことである。しかし、彼はすぐに作戦を変更し、自分にこう言い聞かせた。ド・シャルース伯爵の突然の死で自分はこれだけの損失を被ったかもしれないが、あれだけの莫大な遺産の相続人をうまく見つけ出すことが出来れば、そこから得られる儲けはこの損失を補って余りあるものになるだろう。あぶく銭はたちまち消える、などと言うが、あっけなく消えてしまったものは同じようにすぐまた戻ってくるものだ、と。

彼には希望を持つ根拠があった。かつてド・シャルース伯爵からマルグリット嬢を探し出すようにという依頼を受けたことがあったので、彼は伯爵の内部事情をかなり知ることができるところまで入り込んでいた。フォルチュナ氏のような男にとってそういった知識は必ず役に立つものである。彼がヴァントラッソンから得た情報は彼の期待を大いに膨らませ、こんな思いが口から出るほどだった。

「そうとも、そうとも! これは災い転じて福となる、ということになるかもしれんぞ」

しかし、ド・ヴァロルセイ侯爵との嵐のような会見の後では、イジドール・フォルチュナ氏は殆ど眠れず、その僅かな眠りも苦しいものだった。どんなに強がっても、四万フランがあのように失われたとあってはとても楽観的な気分にはなれないものだ。彼にとっては骨の髄まで惜しくて堪らない金であった。これまで自分が乗り越えてきた危険及び自分自身に課してきた苦難が大きければ大きいほど執着心も大きくなる。それでも彼は自分を励ましてこう言ってみた。『その三倍儲けてやるのだ』 しかし心は晴れなかった。なんとなれば、儲けは可能性に過ぎず、損失のほうは確たる現実だったからだ。

彼はベッドの中で何度も何度も寝返りを打ち、あれこれと策を練ろうとしたがそれも尽き、これから征服せねばならない困難に向け、覚悟を決めようとしていた。彼の計画は単純なものだった。ただその実行がおそろしく複雑なだけだった。ド・シャルース伯爵の妹がもしまだ生きているなら、彼女を見つける、もし彼女が死んでいるならその子供たちを見つける、そうすれば俺には結構な額の金が入る……そうなりゃ文句なしだ……とは言うものの、どうすればいい? 三十年も前に家族を捨てて出ていった女を見つけるのにどこを探せばいいというのか? どこへ行ったか、誰と一緒だったのかも分からないというのに。それから彼女がどんな暮らしをしたか、どんな運命を辿ったか、どうしたら分かる? どの社会階層から、どの世界から捜索を始めればいい? ああ全くの難題だ!

こういう大家の娘が何らかの気の迷いで親の家を出ていくとなると、必ずと言っていいほど惨めな生活を経験した後、社会の最底辺に身を落とすと決まったものだ。下層階級の娘ならば貧乏や苦労と戦うことを知っているから否応なく鍛えられ、自分が身を落とすにしてもその程度を知り計算できる。そしてある程度自分の運命を自分の手で制御することができる。ところが上流階級の令嬢たちはそうではない。彼女たちは全く無知なので、自分の身を守ることもできず、自己を放擲することになる。8.5

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