彼は機械的に付け襟と首の間に指を何度か挟んでネクタイを緩める動作をした。そうすることで言葉が容易に喉から出てくることを期待したのだったが、なかなかうまく行かない……。ひとつには、マダム・ダルジュレが彼の予想していたのはまるで違っていたことがある。彼は馴染みの黄色い髪の自堕落な女を想定しており、そういう女を相手にすることになるだろうと思っていたのだ。ところが全くそうではなかった。この女はおそろしく堂々として威厳があり、彼の言葉を借りると、『彼をぶったまげさせた』のである。
「貴女に申し上げたいのは」彼は繰り返した。「申し上げたいのは……」
しかし言葉はなかなか出てこなかった。とうとう自分にしびれを切らして彼は叫んだ。
「ああ、そうですよ!……僕と同じぐらい、貴女にも分かってるじゃありませんか、僕が何故ここへ来たか!……知らないと白を切るつもりですか!」
マダム・ダルジュレは眩しいというような目で彼をじっと見た。やがて天井を眺め、肩をすくめると言った。
「はっきり申し上げますけれど、私には何のことやらとんと……これが何かの賭けだというなら話は別ですけれど……」
賭け! ここに至ってウィルキー氏は自分が何かの悪ふざけに引っかかったのでないと言えるのだろうか、と自問し始めた。どこかの男たちがこの場面をこっそり見ていて、十分に楽しんだ後、腹を抱えて笑い転げながら姿を現すのではないか、と。
しかしこの笑いものになるかもしれないという不安が、彼を少し冷静にさせた。
「いいでしょう!」 と彼は喉を締め付けられたような声で言った。「こういうことです。僕は自分の両親のことを何も知りません。ところが今朝、貴女もよくご存じの男が僕にこう言ったのです。僕が貴女の……息子だと。最初は茫然としました。それから昼間、ここへ来たのです。でも貴女はお留守でした……」
マダム・ダルジュレの引き攣ったような笑いが彼を遮った。哀れな彼女は雄々しくも笑い声を立てたのだったが、心は死んだようになり、固く握りしめた両手の爪は血がにじむほど掌に喰い込んでいた。
「まぁ、あなたはそんなことをお信じになったと言うの!」 と彼女は叫んだ。「こんな滑稽なことってあるかしら! この私が、あなたの母親だなんて! ……まぁ私をよく御覧になってくださいな、後生ですから……」
言われるまでもなく彼はそうしていた。全力を振り絞って彼女の心の中を見抜こうとしていた。マダム・ダルジュレの笑いはあまりにわざとらしかったので、彼に警戒心を目覚めさせた。ド・コラルトから言い含められた言葉が彼の耳元で飛び交っていた。『お涙頂戴』の場面へと進むべきときは今だ、と彼は判断した。2.9
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