時計の鐘が響き、それで彼は言葉を切り、椅子から飛び上った。
「もう二時だ!」彼の表情には不安がありありと表れていた。「カミ・ベイが私を待っているんだった! ここで時間を無駄にしたわけでは断じてないが、正午からゲームを再開することになっていたんですよ。私が勝ち逃げするんじゃないかとカミが疑っているかもしれない……どうもトルコ人というのは奇妙な人種でね。ま、今のところ私が二十八万フラン勝っているのは確かですが」
彼は頭に帽子をきっちり被ると、ドアを開けながら言った。
「それでは、また近いうちに。くれぐれも今までと何も変わらないように振舞ってください。我々の成功は敵を安心させることに掛かっていますからね」
この忠告をマダム・ダルジュレは至極尤もなものと納得し、半時間後には無蓋馬車に乗ってブーローニュの森に出かけたが、自分の馬車の後をフォルチュナ氏が差し向けたスパイであるヴィクトール・シュパンがつけているとは知る由もなかった。帰りにウィルキーの家の近くまで行くことは軽率なことであろう……。こっそり陰に隠れていたとしても息子の家の周囲をうろつけば疑惑の目を覚まさせる危険があり、可哀想な彼女はそんな危険を冒すわけには行かなかった……しかし理性より不安の方が大きかった。彼女は御者にエルダー通りの入口に着けることを命じ、結局ヴィクトール・シュパンに秘密を悟られることになってしまった。ウィルキーから酷い侮辱の言葉を浴びせられるところをシュパンに目撃されてしまったのだ。彼女は嵐に打たれたような衝撃を受けたが、それでも息子には廉直な感情がある証拠だと思おうとした。夜な夜な大通りのアスファルトの上に溢れている大勢の売春婦たちに対する軽蔑の気持ちの表れなのである、と。
しかしいくら彼女の精神が不屈であったにせよ、あまりに多くの出来事が起きたため体力が消耗しており、意気を阻喪し始めた。館に帰ると彼女は気が遠くなるのを感じ、ベッドに横にならねばならなかった。悪寒に身体は震えていたが、身体中の血は熱い炎のように流れていた。医者が呼ばれたが、大したことはないという看立てだった。しかし暖かくして床に就いていなければならないと言い渡された。この医者は洞察力のある男だったので、幾分悪意のある微笑とともに、何事も過剰は身体に有害である、楽しみにしても他の事でも、とつけ加えた。その日は日曜だったので彼女は医者の言いつけを守ることが出来、門を閉め切り、男爵だけは例外だが、他は誰も通さぬよう命じた。1.25
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