夫の死は息子の不名誉ほどには苦い涙を彼女に流させなかった。ウルム通りから西駅までの道のりを、この謙虚でありながら偉大な母親はくじけることなく苦痛に耐え抜いた。彼女は誇り高く、またその根拠は正当なものであったが、家を出る際に浴びせられた激しい悪意に満ちた視線は彼女の脳裏を離れなかった。隣人の何人かによって投げつけられた聞くに堪えない悪口がまだ耳の中で鳴り響いていた。卑劣な喜びは他人の不幸から生まれるものだ。
「あの嘘涙ったら!」という言葉が聞こえた。「茶番だよ!……息子とどっかで落ち合うのさ。息子がくすねた金でアメリカに行って馬車を乗り回すんだろうさ……」
噂というものはとかく物事を大袈裟にし歪曲するものだが、憎しみと嫉妬がダルジュレ邸での途方もない騒ぎをもはやあり得ない程度にまで増幅させていた。五年前からパスカルは毎夜賭けゲームに通いつめ、稀代のいかさま師である彼は何百万という金を懐にしていたという話がウルム通りでは真実として通っていた……。
そうこうするうちにマダム・フェライユールは鉄道の駅に近づいていた。馬車はアムステルダム通りの急坂を上り、やがて駅の前に到着した。
フェライユール夫人は気持ちを励まし、取り決めた時間どおりに、荷物をロンドン行きのプラットホームまで運ばせ、出発は翌日であると告げ、駅員から荷物の預かり証を受け取った。漠然とした不安が彼女に取り付いて離れなかった。行き交う人々の顔を観察し、よほどの偶然が重ならない限りパスカルの計略が見抜かれる筈はないと知りつつも、見張られているのではないかと恐れていた。
しかし疑わしい人間は一人も見当たらなかった。ただ何人かのイギリスからの旅行者がおり、馬鹿馬鹿しく浪費をするくせに一方では滑稽なほどしみったれな彼らは、可哀そうな荷物取り扱い係に与えるチップを四スーにするかどうか大声で議論していた。
半分安心して、マダム・フェライユールは駅の大時計のある前庭を足早に横切り、郊外線の大きなコンコースに続く階段を上った。落ち合う場所としてパスカルが指定したのはここだった。が、どこを見回しても息子の姿は見えなかった。が、この遅刻に彼女はさほど心配もしなかった。彼がするべきことをまだ終えていなかったとしても驚くには当たらない。疲れがどっと押し寄せ、彼女は出来るだけ暗い場所を選んでベンチに座った。そして絶えず集散を繰り返す群衆をぼんやりと目で追っていた。と、男が一人いきなり彼女の前で立ち止まったので、彼女ははっと身を震わせた。しかしその男はパスカルだった……。彼は髪を短く切り、顎鬚をそり落としていた。
このように短髪で髭もなく、白いモスリンのネクタイの代わりに茶色のマフラーを首に巻きつけていたので、母親でさえ最初は誰か分からなかった。11.24
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