ボスは俺の家庭をご存じですよね---彼はこの言葉を非常にもったいぶった様子で口にした---俺の母親にお会いになりましたね。いろいろと金が掛かるんです……」
「つまりお前の言いたいのは、 私の出す報酬が十分でないと……」
「いえ、その逆ですよ、ボス、最後まで言わせてください。確かに俺は金が好きです。ですがね、この件に関しては報酬は頂きません。給料も経費も、一サンチームも、何も要りません。ボスの仰るとおり働きます。が、それは俺のためであって、俺の満足のためです。ただでやります。ロハですよ」
フォルチュナ氏は驚きの叫び声を抑えることが出来なかった。腕の力が抜けて肩をすくめることも出来なかった。シュパンといえば金にガツガツした奴の代名詞、貪欲さにかけては年老いた高利貸しも顔負けの、あのシュパンが金など要らないと言うとは! このようなことは前代未聞であり、今後も決してないであろう……。
しかしシュパンの方は徐々に活気づいて行き、鉛色だった頬にうっすらと赤味が射し、掠れた声で続けた。
「これは間違いなく俺の考えっすよ! 自分の部屋の床の下に八百フラン、金貨で貯め込んであるんでさ……一年間の汗の結晶ですよ……でも、もし必要なら、その最後の一サンチームまで食い潰したっていい。で、あのコラルトの野郎が地面に這いつくばるのを見たら、こう言います。『これで良し!』ってね。そしたら十万フラン貰ったよりもっと嬉しくなるんすよ。もしボスに何か厄介ごとがあって、眠れない夜なんかにしょっちゅうそれが頭を悩ましたら、それを頭から追い払うために何かしますよね、そうでしょ? 俺にとっちゃ、あいつが悪夢の種なんでね……なんとしてもケリをつけなくちゃならんのです」
ド・コラルト氏は確かに海千山千の人物であったが、自分の知らないところにこんな敵がいることを知ったとしたら恐ろしさに震えあがったことであろう。ヴィクトールの目は普段はおぼろげな淡い青なのだが、今は鋼鉄のような光を発しており、彼の固く握り締められた拳は空に振り上げられていた。
「あいつなんです」と彼は陰鬱な口調で続けた。「俺の悪夢はすべて奴から来ている。俺は一時期悪事に手を染めてたことがあるってボスに話したことがありましたよね……天の恵みの奇跡が起きなかったら、俺は人殺しになってたんですよ! 本当に! もしムッシュ・アンドレが六階から落ちる際に背骨を折っていなかったら、あのコラルトが今頃はド・シャンドース公爵になってたんです!本物になり替わって! そいでもってあいつは末永く安楽に暮らして、豪勢な四輪馬車を乗り回し世間をたまげさせてた、って寸法でさ。9.11
「つまりお前の言いたいのは、 私の出す報酬が十分でないと……」
「いえ、その逆ですよ、ボス、最後まで言わせてください。確かに俺は金が好きです。ですがね、この件に関しては報酬は頂きません。給料も経費も、一サンチームも、何も要りません。ボスの仰るとおり働きます。が、それは俺のためであって、俺の満足のためです。ただでやります。ロハですよ」
フォルチュナ氏は驚きの叫び声を抑えることが出来なかった。腕の力が抜けて肩をすくめることも出来なかった。シュパンといえば金にガツガツした奴の代名詞、貪欲さにかけては年老いた高利貸しも顔負けの、あのシュパンが金など要らないと言うとは! このようなことは前代未聞であり、今後も決してないであろう……。
しかしシュパンの方は徐々に活気づいて行き、鉛色だった頬にうっすらと赤味が射し、掠れた声で続けた。
「これは間違いなく俺の考えっすよ! 自分の部屋の床の下に八百フラン、金貨で貯め込んであるんでさ……一年間の汗の結晶ですよ……でも、もし必要なら、その最後の一サンチームまで食い潰したっていい。で、あのコラルトの野郎が地面に這いつくばるのを見たら、こう言います。『これで良し!』ってね。そしたら十万フラン貰ったよりもっと嬉しくなるんすよ。もしボスに何か厄介ごとがあって、眠れない夜なんかにしょっちゅうそれが頭を悩ましたら、それを頭から追い払うために何かしますよね、そうでしょ? 俺にとっちゃ、あいつが悪夢の種なんでね……なんとしてもケリをつけなくちゃならんのです」
ド・コラルト氏は確かに海千山千の人物であったが、自分の知らないところにこんな敵がいることを知ったとしたら恐ろしさに震えあがったことであろう。ヴィクトールの目は普段はおぼろげな淡い青なのだが、今は鋼鉄のような光を発しており、彼の固く握り締められた拳は空に振り上げられていた。
「あいつなんです」と彼は陰鬱な口調で続けた。「俺の悪夢はすべて奴から来ている。俺は一時期悪事に手を染めてたことがあるってボスに話したことがありましたよね……天の恵みの奇跡が起きなかったら、俺は人殺しになってたんですよ! 本当に! もしムッシュ・アンドレが六階から落ちる際に背骨を折っていなかったら、あのコラルトが今頃はド・シャンドース公爵になってたんです!本物になり替わって! そいでもってあいつは末永く安楽に暮らして、豪勢な四輪馬車を乗り回し世間をたまげさせてた、って寸法でさ。9.11
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