エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

2-IX-6

2023-09-17 17:30:55 | 地獄の生活
ああ、そうは行くかって! あの手の若造は残念ながらそこら中にうようよしてますが、あいつら、社会の害虫ですぜ。待ってろよ、コラルト、お前からは目を離さないからな。お前には借りがある。そして俺は借りは必ず返す男だ! ムッシュ・アンドレが俺を窮地から救い出してくれたとき、実際俺は首をちょん切られても文句を言えないことを仕出かしたのに、あの人は条件を付けたりしなかった。ただこう言ったんです。『もしお前が骨の髄まで腐っているのでなければ、これからは正直に生きるんだ』ってね。それを言っているときのあの人の姿といったら酷いもんでしたよ。あの墜落がもとで身体中ズタズタ、肩は包帯でぐるぐる巻き、顔は真っ白で廃人同然といった有様で……こん畜生め! 俺はあの人の前で自分がミミズみたいにちっぽけに感じましたよ。そのとき俺は誓ったんです。この人の言うとおりにしようってね。で、悪い考えが襲ってくるときなんか、ときどきそういうこと、あるんです、酒が飲みたくて堪らなくなくときなんかが。そういうとき俺は自分にこう言うんです。『一体何なんだ? ちょっと待て、ほんの一ショピーヌだけならいいってか……そしたらムッシュ・アンドレはどう思う?』 そう思ったら乾きがピタッと止まるんです。俺はムッシュ・アンドレの肖像画を家に飾ってあるんですよ。で、毎晩寝る前に、その日の出来事を彼に向って話すんです……彼が微笑んでくれてるって思う時がよくあるんですよ……ほんと、馬鹿みたいっすね。でも俺は別に恥ずかしいなんて思わない。ムッシュ・アンドレと正直者の俺のおっ母さん、この二人が俺の松葉杖なんです。だから俺はもう道を踏み外す心配はないんですよ!」
意志について四巻の書を著したドイツの哲学者シェーベル(ショーペンハウアーのことか?「意志と表象としての世界」は1819年に刊行されている)でも、シュパンほどの迫力をもって語ることはできなかったであろう。
「つまり言いたいことはですね、ボス」と彼は言葉を続けた。「ボスからお金は頂きません、てことっす! 俺は正直な人間です。で正直な人間てのは人を助けるが報酬なんて貰わないんです。みんな同じ義務を背負ってる仲間なんですから……。コラルトだけのことでもなく、俺はあのいかさま師呼ばわりされている可哀そうな男のために喜んで一肌脱ぎますよ。ええと、何て名前でしたっけ? フェライユール? おかしな名前っすね! ま、そんなことはどうでもいいや、彼を窮地から救い出して、恋人と結婚させてやりましょう……。そうなりゃ俺も結婚式に出席するためにまず仕立て屋に行って、ご婦人方に手をお貸しして、カドリーユ(4人一組で踊るダンス)に加わるってわけでさぁ!」
そして彼は不気味な笑い声を立てた。そのとき鉄をも嚙み砕きそうな彼の鋭い歯が見えた。

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