エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

2-XI-1

2024-03-17 15:27:23 | 地獄の生活
XI

マルグリット嬢のパスカル・フェライユールの人と為りを見る目は確かであった。
順風満帆のさなかに突然前代未聞のスキャンダルに打ちのめされた彼は、しばし茫然自失でぐったりしていたが、フォルチュナ氏が推測したような臆病な行動に身を委ねることはなかった。彼についてマルグリット嬢が言った言葉は、まさに彼を正しく言い表したものだった。
「もしあの方が耐えて生きることを選ばれたのなら、それはご自分の知力、体力、意志の力のすべてを捧げて、あの憎むべき中傷と戦うためです……」
このとき彼女はパスカル・フェライユールの身に降りかかった厄難の全貌を知ってはいなかった。彼女付きの女中であるマダム・レオンがシャルース邸の庭木戸で彼に手渡した手紙により、パスカルが自分に見捨てられたと思っている可能性があることなど、どうして彼女が知る筈があろうか? またヴァントラッソンのおかみさんによる心ない仄めかしにより、いかなる疑念や猜疑心でパスカルの心が苛まれているかということも、彼女には知る由もなかった。
絶望した人間に執りつく暗い狂気である自殺からパスカルがなんとか逃れることが出来たのはひとえに彼の母親の存在があったからと言えよう。また、彼がある朝トリゴー男爵の家の扉を叩きに行く決心を持てたのも、この比類なき守護神である母親のおかげであった。そこで彼は報われることになった。
ヴィル・レヴェック通りにあるこの瀟洒な邸宅から出てきたときの彼は、もはや苦悩に胸を締め付けられた男ではなかった。ただ、自分が偶然目撃した奇妙な光景から受けた衝撃によりまだ頭がぼうっとしていた。突然明かされた秘密、聞かされた打ち明け話などが、彼の頭の中で渦を巻いていた……しかし希望は見出した。
一条の光が地平線に見えてきたのだ。まだ弱々しく頼りなげではあったが、光であることに間違いはない。彼が陥れられた卑劣で不正な行為の迷路から、彼を導き出してくれる貴重な糸の端を掴んだかもしれなかった……。
それに何より、もう彼ひとりの孤独な闘いではなくなった。豊富な経験を持ち、人生の戦いに慣れ、名声や人脈や財産にも支えられた一人の清廉の士が、彼を助けてくれると心からの約束をしてくれたのである。何年もの年月よりも不幸がこの男を真の友にしてくれたのであるが、その彼のおかげで、自分から名誉と愛する娘を奪おうとした卑怯者に近づく方法が今やパスカルの目の前に開かれたのだ。今や彼はド・ヴァロルセイ侯爵の鎧の合わせ目を知った。どこをどのように突けばいいか、が分かったのである。

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