世間はみな新聞によって我が妻の身にまとう物ばかりか、まとわぬ時の身体つきまで知っている。足や手の美しさ、輝くばかりの肩、左肩には愛らしく挑発的な黒子があることまで。私は昨夜有難くも、それを読ませて貰ったよ。ああ、まさしく挑発的だった。この私は正真正銘の幸運な夫というわけだ。実に素敵ではないか!」
喫煙室からでも、怒りに地団太を踏む夫人の様子がパスカルには分かった。
「侮辱とはこのことだわ!」彼女は叫んだ。「あなたが言っている記事を書いたのは無礼者よ、そんな……」
「無礼者とは何故だね? 彼らが何の罪もない家庭の主婦に群がったりしているとでも?」
「私に敬意を払ってくれる夫が私に居たら、彼らも私のことを記事にしたりしなかったでしょう」
男爵は神経質な笑いを爆発させた。それは耳障りの悪い笑い声で、その皮肉の下に深い苦悩が隠されていることを感じさせた。
「それでは私に決闘をしろとでも言うのかね?」と彼は言った。「二十年を経て、またぞろ私から自由になろうという気になったのか? ……信じられんな……お前には受け取る財産が何もないということ、よく分かっている筈じゃないか。私が予防措置を講じておいたからな。それに、新聞にお前の記事がたった一日でも載らなくなるのは残念だろ。
自分を大事にすれば人も敬意を払ってくれる……。お前が文句を言っている報道だが、それこそが社会が野放図に向かうのを食い止める最後の砦だ……正直者の声では圧し止めることの出来ないものでも、ああいった破廉恥を暴露する囲み記事が歯止めとなる。人が誰も良心を持たないときには新聞が一般市民の良心となるのだ……。私はそれは大変結構なことだと思う。……ということで私はもう行く」
ここで何やら騒音がパスカルの耳にも聞こえ、男爵夫人が夫の前に立ちふさがって、出て行かすまいとしたことが分かった。
「それなら、はっきりと申します」彼女は叫んだ。「今夜までにファン・クロペンに渡す二万八千フランを出して貰います。どうあっても出して貰わねばなりません。私にお寄越しなさい」
「おうおう、そうか」彼は唸った。「どうあっても、か。お寄越しなさい、か」
彼はその場に立ち止まり、しばらく考えているようだった。が、やがて言った。
「それなら、よろしい! その額をお前にあげるが、もうちょっと後でだ。しかし、お前がそこまで言うのだから、どうしても今日中に必要なのだな。それなら、一つ方法があるぞ。お前の三万フランのダイヤモンドを質に入れるんだ……そうすることを許そう。そして一週間以内に私がそれを受けだすことを名誉にかけて約束するぞ。さぁどうだ、お前のダイヤモンドを質に入れるか?」8.22