エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

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2022-08-13 09:01:06 | 地獄の生活

おいおい、そいつぁなしにして貰いたい、淑女専門の仕立て屋さんや! 自分の妻がしでかした愚行により貴殿に対し支払い義務があると考える馬鹿な夫も世の中にはいるかもしれないが、私はその手の人間ではない。私はマダム・トリゴーに毎月八千フランの衣装代を与えている。適切な額だ。妻はその範囲でなんとかやって行くべきで、貴殿もそうだ。去年、妻の未払い分四万フランを清算したとき私はどう言いましたかな? 今後妻の借金は一切承認しない、と言いませんでしたか? 口でそう言っただけではない。私のところの門衛から貴殿にその旨はっきり通告させた筈です」

「そう、覚えておりますよ……」

 「それなのに、そのような請求書で私を脅すとは! 貴殿が口座を開いたのは私の妻のでしょう。なら、妻のもとに押しかければいいでしょう。私は放っておいて貰いたい!」

「男爵夫人は私にお約束なさいまして……」

「彼女に約束を守らせるよう努めることですな」

「男爵夫人という体面を保つのは高くつきます。身分が高くなればなるほど、負債はつきものでして……」

「そうしたければそうすればいいだけの話だ。しかし、私の妻はそれほど高い地位でもないですよ。ただのマダム・トリゴーで、亭主の金の力と、困窮したドイツの貴族のおかげで男爵夫人になっただけにすぎない。というわけで私の妻には名門の序列にこだわる理由がない」

男爵夫人はとにかくファン・クロペンに支払を済ますことが非常に重要だと考えていたに違いない。というのは、この屈辱的な状況にあって彼女は悔しさを隠しつつ、言い訳をし、懇願したからだ。

「私、少し軽率だったかもしれないわ」と彼女ははっきりと言った。「でもそれを認めたからには、お願いですから、あなた、今回限りは支払ってちょうだいな……」

「断る!」

「私のためでなくても、貴方のためによ」

「駄目だ」

男爵の口調に、彼の妻でも彼の決心を揺るがすことは出来まい、とパスカルは悟った。ファン・クロペンの意見もそうだったらしく、彼はこれまで言わずにいたことを口に出し、この場の主導権を再び握った。

「そういうことでしたら、よく分かりました。大変遺憾ではございますが、男爵様への敬意に免じてこの場は退散いたしましょう。追って証印を貼付した書類をお送りせねばならぬと思いますが……」

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