「あなたはマルグリット嬢の過去を正確に知っているの? 知らないのね……あなたが知っているのは、彼女のこれまでの人生が波乱に富んだものだったということだけ……そういうことであれば、彼女がいろんな中傷に曝されるのは当たり前のことだわ……」
パスカルを前に、このように堂々と自分の考えを表現することが出来るのはフェライユール夫人だけであった。
「ならば、お母さん」とパスカルははっきりと言った。「ヴァントラッソン夫人を遮ったのは間違いでしたね。おそらく彼女はいろんなことを教えてくれたでしょうに……」
「ええ、確かに私は彼女を遮りました。そして追い払いました……あなたには何故だか分かっている筈です。でも彼女が私達のもとで働くことになった今、あなたが冷静でいれば、あなたが理性を失わなければ、いくらでも彼女に喋らせることが出来ます。そうすればヴァントラッソンという男が何者なのか、知ることも出来るでしょう。そして、彼がどこでどうやってマルグリット嬢を知るようになったのか、も」
恥辱、苦痛、そして激しい怒りのため、パスカルの目から涙が噴き出した。
「神様、ああ何てことだ!」と彼は繰り返していた。「我が母の口からマルグリットを疑う言葉を聞くような目に遭うとは!」
彼には一かけらの疑いもなかった。どのように酷い中傷を聞こうとも、コウモリの羽根が掠めるほどの揺らぎも感じなかった。フェライユール夫人は気丈にも肩をすくめて見せた。
「それならば」と彼女は言い返した。「その中傷を打ち破るのよ。それ以上のことを私は望みません。でも忘れては駄目よ。私達は自分たちの名誉を回復せねばなりません。あなたの敵をやっつけること、それがマルグリット嬢のためにもなるのよ。言葉だけの脅しや不毛な嘆きよりもね。あなたは誓いを立てたように私には見えたけれど違ったのかしら? 自分の運命を愚痴るのではなく行動する、と」
この皮肉の鞭は効き目があった。パスカルが必要としていた刺激を彼の脳に与えたのだ。よろめきながらも彼は背筋を伸ばし、まっすぐに立った。次の言葉を発したとき、彼の口調は冷静だった。
「確かに仰るとおりです、お母さん……おかげで我に返ることが出来ました。感謝します!」8.2