喫煙室の中のパスカルは凍りついたように佇立していた。ファン・クロペンの厚顔無恥の極致には感嘆を覚えるほどだった。これらすべての品物を注文した奥方の狂気の沙汰、及びその支払いをすることになる夫の我慢強さにも。やがて、果てしなく思われた読み上げも終り、クロペンが言った。
「以上、でございます」
「以上、ですわよ」と男爵夫人が木霊のように続けた。
「有り難き仕合せだ!」男爵が言った。「つまりこういうことだな。この後四カ月もすれば我が奥方の肩には七百メートルほどの絹、天鵞絨、サテン、モスリン等々が着せかけられることになる、というわけだ」
「今日のドレスは潤沢に生地を使いますもので……。男爵閣下にもご理解いただきとうございますが、バイアステープ、ルーシュ、裾飾りなどは……」
「おお、そうだろうとも! で、総額二万七千フランとなるわけだな」
「失礼ながら……二万七千九百三十三フラン九十サンチームでございます」
「二万八千フランということか。さて、ファン・クロペンさん、この額をあんたに支払う者がもしいるとしても、それは私ではない」
ファン・クロペンはこの結論を予期していたかもしれないが、パスカルには思いがけないことだったので、思わず彼の口から叫び声が漏れた。他の場合であれば、小部屋に居る彼の存在がこれによってばれていたかもしれない。とりわけ彼が不審に思ったのは、男爵の口調がからかいを含んだ冷静そのものだった点である。玄関まで聞こえるほどの激しい怒声からの、いきなりの変化だっただけに。
「彼は恐ろしく自制心の強い人なのかもしれないし」とパスカルは思った。「それとも、この修羅場には何か思いも掛けない秘密が隠されているのかもしれない」
この間、ファン・クロペンは主張を続けていた。が、男爵は取り合わず、口笛を吹き始めた。礼儀を無視されたクロペンはむっとして叫び始めた。
「私は最高の名士の方々とお取引をしています!」 興奮した彼の発音は「ツァイコノメイチ」と聞こえた。「そのうちのどなたも、妻の衣装代の払いを拒否した方は、おりません!」
「おお、いかにもさようか! ところがこの私は、払わぬ! 一緒にして貰っては困る。貴殿はよもやこんなことを思ってはいまいな? この私、トリゴー男爵が二十年間奴隷のように働いてきたのは、貴殿の素晴らしく、かつ世の役に立つ稼業を金銭的に支えることだけが唯一の目的であったと?8.12