「で、ファン・クロペンの方は?」
「ああ、あっちの方じゃこんな修羅場には慣れっこさ。さんざん罵倒されても、水から上がってきたプードルみたいにブルブルと耳を振り回したらそれで仕舞だ。旦那様の事なんざ気にしないさ。だって商品はもう売りつけてあるんだ……いつかは払わなきゃならねぇ」
「なんだって! じゃまだ払ってないのか?」
「さぁね。やっこさん、まだ居るよ」
この教訓的なやり取りの間にガチャンと皿の割れる大きな音がした。
「ほうら、来なすった」と制服を着た従僕の一人が言った。「二、三百フランもする皿を割りなすったぜ。さすがは旦那様だ。うっぷん晴らしにそんだけの値をつけられるには金持ちじゃなきゃならん、ってことだよ」
「しっかしなぁ!」ともう一人が言った。「もし俺が旦那様だったら、良い気分じゃねぇなぁ。自分の女房が男の仕立て屋に服を誂えさせるのってどう思う?身体の寸法を隅々まで測るんだぜ。俺に言わせりゃ、ふしだらだね。俺はただの使用人に過ぎないけどさぁ……」
「そぉんな! それが今のやり方なんだよ! それに男爵がそんなこと気にすると思うか? スペードのクイーンを追っかけまわして生きている旦那様だよ!」
「奥様の他にも……」
彼はここで言葉を切った。他の者たちが黙るよう合図をしたのだ。トリゴー男爵の使用人たちは珍しい種類の使用人のようだ。見知らぬ人間がいる前では打ち明け話はしない、という。
というわけで、そのうちの一人がパスカルに名刺を、と要求し小部屋に通じるドアを開けながら言った。
「男爵にあんたのこと、お知らせしてくるから、ここで待ってな」
ここ、というのは一種の喫煙室のようなところだった。派手な色のカシミアの毛織物が幻想的なデザインで張り巡らされ、低いソファを取り囲んでいた。クッションが山のように積まれソファを覆い隠さんばかりであったが、その素材もまた壁紙と同じものだった。ここでも玄関ホールと同じように珍しい高価な品で溢れていた。武器、脚付きの杯、彫像、絵画などが。
しかしパスカルはさっき聞いた召使い達の会話に戸惑い、その意味を考えていたので、それらをいちいち眺める余裕はなかった。彼が入ってきたドアの向かい側にもう一つのドアがあり、それが開けられた途端人声が聞こえて来たが、それらは主に罵りであった。トリゴー男爵、男爵夫人、そして例のファン・クロペンの三人が勢ぞろいしていることははっきり分かった。8.9