エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

2-II-11

2022-08-24 10:14:44 | 地獄の生活

夫人が黙っていたので、彼は続けた。

「返事がないのは何故だ? そうか、私が言ってやろう。もうとっくの昔にお前のダイヤモンドは売られて、まがい物に取り替えられているからだ。お前はすでに借金まみれで、身の回りの世話をしてくれる小間使いにまで金を借りる始末。うちの御者の一人から三千フランを借りているし、司厨長はお前に三割だか四割だかの利子で金を貸している。そんな有様だからだ……。

「そ、そんなことはなくてよ……」

男爵は口笛を吹いたが、それは夫人には不気味に響いたに違いない。

「全くのところ」と彼は言った。「私が実際よりも余程バカだとお前は思っているようだ。私があまり家にいないのは事実だ……お前の顔を見ると絶望的な気分になるんでな……だが、ここで起きていることを私は知っている。どこまでも私を騙し続けられるとお前は思っているな。だが、それは間違いだ。私にはちゃんと分かっている。ファン・クロペン氏への負債額は二万七千なんちゃらフランなどではなく、五万か六万フランだ。だが、あのこすからい男はお前にそれを請求するのを控えている。あの男が今朝あの請求書を読み上げたのは、お前がそう頼んだからだ。私があの男に渡す金は後でお前に返す、という取り決めがなされている……。お前にどうしても二万八千フランが必要だというわけは、フェルナン・ド・コラルト氏がお前にその金を要求し、お前はそれを渡すと約束したからだ!」

喫煙室の仕切り壁に寄りかかり、じっと動かず息をひそめ、食堂へ続くドアの方に首を伸ばしていたパスカル・フェライユールは両手を胸の上に置いた。早鐘を打つ心臓を抑えようとするかのように。彼はもうこの場から逃げようとは思わなかったし、自分の軽はずみを後悔したりもしなかった。名前を偽ってここにいるということも忘れていた。

激しい諍いの場面でこのように突然ド・コラルト子爵の名前が発せられたとき、それは彼にとって一つの啓示のように思われた。男爵の行動の意味がはっきりと分かったのだ。彼がユルム街まで訪ねて来てくれた理由、彼の励ましや力添えの約束が何故だったのか、も……。三日前から彼の精神を覆っていた深い闇を貫く一条の希望の光が投げかけられたのを、彼は初めて感じた。

 「お母さんの言ったとおりだ」と彼は思った。「男爵はあのコラルトを死ぬほど憎んでいる。だから全力で僕を助けると言ってくれたんだ……」

その間、男爵夫人は懸命に夫からの非難を否定しようとしていた。妻にとって最悪の烙印である非難を。一体何のことを言っているのか分からない、と彼女は誓っていた。このこととフェルナン・ド・コラルト氏の間に一体何の関係があるのか! その忌まわしい仄めかしをはっきり説明せよ、と彼女は夫に激しく詰め寄っていた。8.24

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