エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

2-IV-17

2022-12-07 10:13:17 | 地獄の生活

 「何ということを! あなたのお考えでは……」

 「私は何も考えてなどおらぬ。私が掴まるに足る支えであった間は、お前は私に献身的だったな……ところが私がぐらつくと、すぐにも私を裏切ろうとする」

 「お言葉ですが! 私が今までどれだけ奔走してきたか……」

 「何を言う! そうするしかなかったからではないか?」ド・ヴァロルセイ侯爵はすばやく遮った。そして肩をすくめて続けた。

 「誤解しないで欲しいのだが、お前のことを非難するつもりは毛頭ない。ただ、このことは忘れないで貰いたい。我々二人が生き残るにせよ、滅ぼされるにせよ、一蓮托生だということだ」

 ド・コラルト氏の目を一瞬よぎった炎によって、侯爵はこの協力者が自分に抱いている憎悪と反逆心のすべてを理解した。しかし彼は不安そうな様子も見せず、今までと同じ氷のような態度で先を続けた。

 「それに、お前の計画は私の目論見の邪魔になるどころか、却って後押しをしてくれる……。もちろん、マダム・ダルジュレはド・シャルース伯爵の遺産相続に名乗り出るだろう。もし彼女が躊躇したとしても、彼女の息子が何としてでも強制する筈だ。そうではないか?」

 「ああ、その点は確かですとも」

 「その息子が金持ちになった時でも、お前は彼に影響力を持っているんだろうな?」                                                                                   

 「あんな奴! 金持ちになろうが、そうでなかろうが、いつでも一捻りにしてみせますよ」

 「そうか、それは結構だ! マルグリットが私の手から逃れたとしても、私はまた彼女を捕まえてみせる。考えがあるのだ。ああ、あのフォンデージ夫妻が私を相手に一泡吹かせることが出来るつもりでおる! この勝負がどうなるか、お手並み拝見と行こうではないか……」

 ド・コラルト子爵は彼をこっそりと観察していた。彼はそのことに気づくと突然丁寧な口調に変わって言った。

 「これは失礼。昼食にお引止めしなければならぬところなのに、私は出かける用がありましてな……トリゴー男爵がお宅で私を待っておられるのですよ。それでは、恨みっこなしでお願いしますよ。ではまた。くれぐれも情報は教えてくださいよ……」

 ド・コラルト氏はド・ヴァロルセイ侯爵邸にやって来たときは少し不安を持っていたのだったが、帰る際には怒りで震えていた。

 「なんだ、あの言い草は!」彼は唸り声を上げた。「生きるも死ぬも一蓮托生だと! ふん、道連れに選んで頂くとは光栄の至りだ……あのクソガキが金を遣い果しちまったのが俺の責任かよ! まったく!あいつの脅しと偉そうな態度にはもううんざりだ!」12.7

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2-IV-16

2022-12-05 09:47:42 | 地獄の生活

「そんなことでしたら」と子爵は遮った。「お安いご用ですとも……」

 ポケットからいかにも豪華な財布を取り出すと、彼は千フラン札を一枚でなく二枚抜き出しウィルキー氏に渡しながら言った。

 「どうやら私の言ったことが信用して頂けたようですね? それはよかった。ではまた近いうちに!」

 ド・コラルト氏がこの内密の約束を確定するのを翌々日まで延期したのは、好き好んでのことでも気まぐれでもなかった。彼はウィルキー氏のことは知り尽くしていたので、このいい加減な若者にこんな重大な秘密を半分握らせたままパリの街をほっつき歩き回らせる危険がどれほどのものか十分に心得ていた。延期というのは大抵の場合、偶然に武器を与えるようなものだ。しかし、今の彼にはそれ以外のやり方を取ることは出来なかった。ウィルキー氏に何らかの取り決めに同意させることを急いだのは、たとえフォルチュナ氏のことは知らなくとも、相続人追跡を生業としている者たちが存在することを彼は知っていたからだ。しつこく嗅ぎまわるそういった連中に先を越されるのではないかと彼は恐れたのである。月曜まで最終的な取り決めを締結させることを延期したのは、彼がド・シャルース伯爵の死を知ってからド・ヴァロルセイ侯爵にまだ会っていなかったからだ。侯爵と話をしてからでなければ、何も決定することはできなかった。

 彼の過去はそのように成り立っていた。荒くれ男の掌に握られた卵のように、ド・ヴァロルセイ侯爵に少しでも怪しまれたら彼はぐしゃっと握り潰される運命だった。

 従って、ウィルキー氏のもとを立ち去ってから彼が向かったのは侯爵邸だった。彼は一息で自分の知っていること、及び計画していることを侯爵に報告した。マダム・ダルジュレがド・シャルースの令嬢であったという話を聞いた侯爵の驚きは大きなものであったろうが、彼は平然とした態度を崩さなかった。遮ることなく話を聞き終えた彼は子爵に尋ねた。

 「今まで私にその話をしなかったのは何故だね?」

 「今までは、貴方様には何の関係もなかろうと思えましたので!」

 侯爵は刺すような視線で子爵をつくづくと眺め、ごく穏やかな口調で言った。

 「別の言い方をすれば、今までずっと判断を保留していたわけだな。私の側に着くか、敵に回るか、どっちがより得か、について」12.5

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2-IV-15

2022-12-01 14:18:43 | 地獄の生活

ウィルキー氏は相手にそれ以上言わせなかった。彼は信用し、喜びが抑えられなくなり、興奮の頂天に達し気が変になりそうだった。

「分かりましたよ、もう十分です! 僕たちの間でややこしいことなんてなしですよ、子爵! それはこれからもずっと生涯変わりません。僕の言うこと、お分りですよね。いくらご所望ですか? 全部?」

しかし子爵の方は氷のような冷静さを崩さなかった。

「どれぐらいの手当が相当か、私が自分でそれを決めるのは適当ではないでしょう」と彼は答えた。「専門家に相談してみます……。この点については明後日、貴方に提示をした上で正式に取り決めましょう」

「明後日ですね! 四十八時間の間僕をハラハラドキドキの状態に置いておこうってことですか……」

「そうすべきものと考えます。私自身、まだいくつか情報を集めねばなりませんし……。私がこうして急いでやって来たのも、すべてが明らかになる前にお話しするのも、貴方に十分に用心して貰いたいと思ったからです。どこかのたかり屋が擦り寄って来て何らかの提案をすることも考えられます。用心するのですよ。相続に首を突っ込む機会を見つけようものなら骨までしゃぶり取る悪党もいますからね」

「では、相続に関係した財産なんですね?」

 「そうです……誰との交渉にも応じないようにしてください」

「ああ、その点はご安心ください……」

「もし紙に書いたものをいただければもっと安心なのですが」

ひと言も発さずウィルキー氏はテーブルまで走って行くと、簡単な契約書の文言を書きつけた。自分に相続の生じることを知らせてくれたフェルナン・ド・コラルト氏にその半分を支払うことに同意する、と。

この同意書をコラルト氏は読み、自分のポケットに滑り込ませると言った。

「それでは、月曜に!」そして帽子を被った。

しかし既にウィルキー氏は陶然とした状態から冷め始め、警戒心が再び頭を擡げた。

「ええ、月曜に。でも、僕のこと、かついでるんじゃないって誓ってくださいよ」

「え? まだ疑っているんですか? では、どんな証拠なら納得してくれるんです?」

ウィルキー氏は一瞬たじろいだが、突然勝利の予感が閃き彼の脳みそを照らしたようだ。

「貴方がそう仰るなら、大丈夫ですね」と彼は言った。「僕はもうすぐ金持ちになるんだ……でもその間も人生は続きます。僕は一文無しなんです。全くもって冗談ごとじゃありません。僕は馬を持っていましてね、明日レースに出るんです。『ナントの火消し』っていう馬で、貴方もよく御存知だと思います。優勝する可能性はすごく高いですよ。なもんで、もし五十ルイ貸して貰えたら、その……」12.1

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