「あら、それはちょっぴり残念」とマダム・ダルジュレは呟いたが、その口調は言葉の軽さとは裏腹であった。それから使用人達の興味津々の顔つきや憶測から逃げるように、彼女がいつも使っている私室に入って行った。
フォルチュナ氏は彼女のもとに名刺を残していった。つまりそれによって住所が分かるので、彼の家に行ってみるか、召使いを彼のもとに送るかすればよい。ごく簡単なことだった。彼女はすぐにも実行に移そうと思ったのだが、少し待った方が良い、と思い直した。一時間やそこら遅くなったとてどうということはなかろう。彼女は信頼を置いている使用人のジョバンを呼び、トリゴー男爵に会いに行くよう命じた。彼はすぐにも男爵を連れて来てくれるであろうから、男爵に相談すれば良い。彼ならば状況をより正確に見極め、どうするのが正しい判断か教えてくれるであろう……。
というわけで彼女は待つことにした。しかし、居ても立ってもいられないほどじりじりした気持ちで待っている間、考えれば考えるほど危険は大きく差し迫っているように思われた。フォルチュナ氏の行動を今改めて考えてみると、この抜け目のなさそうな人物は全く油断ならない相手であるように思えてきた。
彼は罠を張りに来たのであり、その罠に彼女はうかうかとはまり込んだのではないか。あの男がここにやって来たとき、単に彼女の素性を推測しただけではなかったのか。出し抜けにド・シャルース伯爵の死を告げられたので、彼女は思わず本心を露わにしてしまい、彼に確証を与えてしまった。
「ああ私が気をしっかり持って断固として否定すればよかったのに!」と彼女は呟いた。「強い意志を持って持ってさえいれば! 泣き崩れたりせずに、笑い飛ばせば良かったのに! あなたが何を言っているのかさっぱり分からない、と突っぱねれば、あの男は自分の間違いを悟ってすごすごと立ち去ったろうに……」
更にあの狡猾な何でも屋の男は、彼女がしっかり守ってきた秘密をすべて知っていると言ったが、そんなことはありそうもないではないか。
彼は相続財産を受け取るようにと彼女に懇願した。彼女自身のためでなくとも、別の誰かのために、と。それは一体誰なのか、と尋ねた時彼はマルグリット嬢と答えた。だが、彼が考えていたのはウィルキーに違いない!
ということはあの男、イジドール・フォルチュナと名乗るあの男は彼女に息子が一人いることを知っていたのだ……ひょっとしたらウィルキーを個人的に知っているのかもしれない……自分の目論見が不首尾に終わったことに腹を立て、あの男はウィルキーにすべて洗いざらいぶちまけに行くだろう……。12.20