アヴァターラ・神のまにまに

精神世界の研究試論です。テーマは、瞑想、冥想、人間の進化、七つの身体。このブログは、いかなる団体とも関係ありません。

中国怏怏(おうおう)

2023-09-07 07:33:40 | 時代にFace it

◎牢獄に入れられて博打をする

 

中国のキャッシュレスは、世界で最先端であり、屋台の買い物から乞食への寄付までスマホがないとできないという。

以前総合格闘技の徐暁冬が、中国武術のトップやカンフーの名人や太極拳のチャンピオンを軒並み撃破していったが、それが共産党の逆鱗に触れた。かれは、信用スコア最低となり、ローンも借りられず、電子決済もできず、新幹線のネット予約もできなくなり、生活に困窮していることなどでそれを知っている。

中国の戸籍データには、預金残高など信用情報に加え、思想傾向(共産党の方針に忠実かどうか)まで含まれているそうだから、突然上海や武漢などの都市封鎖が行われても、なかなか本気で封鎖破りなどはできないのだろう。

だが、白紙運動や都市封鎖解除などを経て、都市封鎖下では、急病になったり薬が切れても病院や薬局に行けなかったり、亡くなっても死体を家から出せなかったりという、誠に不都合な事件が多発していたことがちらほら伝えられるようになってきた。

都市封鎖、地区封鎖とは、都市や地区丸ごと牢獄にしてしまうことだった。

 

実際に牢獄に入ってしまうと、心的エネルギーは発散場所を求めるものであって、古来も現代も、独房なら自慰、他人と同居なら博打ギャンブルが行われがちなもの。

それを見て取った孔子は、食べるものがあってやることがないなら博打をしていた方がましと言っている。

そんなわけで、鋳造貨幣ができると真っ先に使われたのは、物との交換ではなくギャンブルのチップだった。

小アジアのリディアで世界最古の鋳造貨幣が作られた時、早速サイコロ賭博で利用されて、食事もせずにギャンブルに打ち込んでいた人が結構いたという。

日本でも、最古の鋳造貨幣である富本銭は、683年(天武天皇12年)頃登場したが、その主たる用途は、双六博打のチップだった。双六はバックギャモン。ところが天武天皇自ら博打好きで、役人にも庶民にも博打大流行となり、持統天皇の689年、698年、754年と博打禁止令が出された由。(参照:お金の秘密/安西正鷹/成甲書房P44-46)

※論語 陽貨第十七

「子曰く、飽食終日、心を用うる所なきは、難きかな。

博奕なる者有らずや。之を為すは猶お已やむに賢(まさ)れり。」

 

中国は、スマホと監視カメラで世界最高の牢獄国家を作り得たわけだが、人間がそこに心理的安定を持って暮らすには、ギャンブル以外の何かが必要になる。古代ローマでは、それは見世物だった。

食料があって、時間があって、居所があって、スマホやテレビの見世物(芸能、スポーツ、ドラマ、映画、動画、エロなど)に飽いて、(オンライン)ギャンブルもできない時、人は自分自身に向き合い始める。

不幸なことだが、それは冥想の始まりではある。

※見るべきほどの事をば見つ/平知盛/平家物語

 

2023年9月5日のBS日テレ 【深層NEWS】で、“中国抱える「時限爆弾」不動産“危機”中国経済“異変”何が?“の議論の中で東京財団政策研究所の柯隆主席研究員が、中国が企業の破産認定をしないままゾンビ企業が増えてどんどん不況が深刻化する先は、”革命が起こる“と何気なく語っていた。

都市封鎖、地域封鎖以前から既に中国人は世界最高の牢獄にあったわけだが、電子マネーしか使えない社会、物理紙幣が実質使えない社会にあっては、何かあればあっという間に生活できなくなるということだろうから、物理的封鎖は、物理的暴発にすぐつながるということがあるのではないか。その辺が共産党の終焉が意外に急速に起こる可能性を暗示しているように思う。

 

『確かに私は、今、この日本という国に住んでいる。そして、このアトランティス文明が崩壊する直前に若者達の間ではやった歌をくちづさむ。

そして、この国が一つの獄舎になろうとする光景を見た。』

(ダンテス・ダイジの「戯れに冥想を」から引用)

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打てども打てどもシュートは入らなかったバスケットボール日本代表

2023-09-03 07:06:37 | 時代にFace it

◎打つ手なしから望外のホーキンソンの活躍

 

昨夜のバスケットボール男子・W杯日本対カーボベルデ戦は、第三Q終了時点で18点の大差でリードし、楽勝ムードが漂っていた。

ところが好事魔多し。必死に食らいつくカーボベルデは、第四Q着々とゴールを積み重ねる一方で、日本は、最初の7分間3ポイントを中心にシュートを打ち続けるが、ことごとく外れまくるという悪夢の展開。残り1分で、得点はついに74-71となり絶対絶命となった。

3ポイントだって平均40%は入るものだが、7分間外れてばかりいるものか。サッカー日本代表のドーハの悲劇の時も、このままの得点で進めばW杯に初出場できるところを、チーム全体が糸の切れた凧のようにふわふわし続けて、最後終了間際に失点して結局W杯に進めなかった。

その時とよく似た雰囲気がやってきたのだ。

そうした流れを変える人物は、6か月前に帰化したばかりの元外人ジョシュ・ホーキンソンだった。この後一人で2点、3点と追加し、勝利をたぐり寄せた。ホーキンソンなかりせば、勝利はなかった。

 

神話や古代の伝承では、あのように圧倒的に敵が優勢な流れを変えるのは、トリックスターなのだが、トリックスター自身が流れを変える場合とトリックスターの指図を受けた何も知らない人物が変える場合とがある。ホーキンソンがどちらだったのはわからないが、日本人にはとてつもない勇気あるプレーの数々に見えたのではないか。

試合後マスコミは、トム・ホーバスHCの選手に自信を植え付けたことや、やってきた練習方針を信じることが結実したと評価する記事が多いが、その戦略の中心の3Pシュートがあれだけ外れまくれば、ホーバスHCも打つ手はなかったのではないか。

 

日本の立替は外国(外人)の手によると予言されて、明治維新という立替も英国の支援を受けて成功させ、第二次世界大戦でも米国により日本は立替えられた。日本が崖っぷちに立たされられた時、そのゲームチェンジャーは、なぜか毎度外国・(元)外人なのである。今般は、ホーキンソン。ただしその基礎を作ったホーバスHCも評価される。

日本は勝ったから、その危機の第4Qのことは忘れ去られていくが、国内政治も経済も、ドーハの悲劇直前のようにふわふわしていて、隣国中国の暴発でひどい目に会いそうな雰囲気は感じているのではないか。

このように、ぎりぎりのところで、予想外の外人(外国)助っ人がこれまでいたが、マッカーサーの時にように日本が負けたシーンもあった。今後もそう。

対カーボベルデ戦は、バスケットボールどころではない部分まで感じさせられるところがあった。

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令和の黒船ならぬ赤船到来

2023-08-28 07:38:37 | 時代にFace it

◎太平の眠りを覚ます中国からの電話たった一本で夜も眠れず

 

東京電力福島第1原発の処理水海洋放出が始まった2023年8月24日以降、福島県内の飲食店や自治体、東京都江戸川区総合文化センターなどに、中国からの発信とみられる迷惑電話が殺到している。

一方で、2023年8月7日米ワシントンポスト紙によると、「日本の国防ネットワークに中国(人民解放軍)が侵入し永続的なアクセスが確立されている。再三の指摘でも改善されない。これでは有事の情報共有ができない。」と報じている。

さらに日本における中国代弁者の最右翼の公明党は2023年8月26日に、28日から予定していた山口那津男代表らの中国訪問を延期すると発表。同日、中国側から「当面の日中関係の状況に鑑み、適切なタイミングではない」との判断が伝えられたという。これは、ただ事ではない。

与党自民党国会議員も親中派8割と言われ、野党はいわずもがなだが、中国のアステラス製薬社員の拘束解放もできず、科学的根拠がなく理不尽な中国による日本の水産物輸入の全面停止を排除することもできない。このように親中派は、やたらに中国への利益誘導を行うにもかかわらず、いざという時には無力であることを痛感させられる。誰のための親中派なのだろうか。

 

戦争には、陸海空の伝統的な戦場に加え、政治戦、経済戦、情報戦があり、さらに今は宇宙戦、電子戦、サイバー戦と戦場は拡大した。

とくに今回のサイバー戦の一種としての中国からの迷惑電話はほぼ福島県限定だが、今後予想される日本製品不買運動や在中国日本商店・工場襲撃、台湾進攻に際しては、このような程度では済まないだろう。

在日中国人は72万人とも言われ、政府の移民促進政策で更に増えそうだが、中国国防動員法の適用があり、懸念材料ではある。実際に2008年4月26日 の長野市の聖火リレーには数千人の中国人が集結し、赤い大旗が林立し、あたかも中国の領土になったのようであった。少数となった日本人やチベット人は、暴力を振るわれた人もいた由(ネットでは写真も多数上がっています)。今や在日中国人も更に増加し、日本の警察官の人数の3倍となり、台湾進攻など有事の際の懸念材料ではある。

また在中国の日本人に対するヘイトクライム迫害も要注意であり、加えて国連の場での日本批判に名を借りた日本人に対するヘイトクライムは、未然に対策が打たれるべきだろう。

 

このような事態は、戦後一貫して、総じて国防と治安と外交に能天気だった日本人全体の姿勢の結果であって、一朝一夕に成ったものではない。

国家神道を一朝にして取りやめたにもかかわらず、国家神道の清算も反省も行わず、戦争遂行してきた政界官界学界の総括もほとんど行われず、アメリカ盲従で、軍事教育を冷遇してきた結果の政治家、官僚の軍事常識欠如は、大きな悪影響を及ぼしてきたことがここにきてはっきりしてきたように思う。

アメリカは、2,3年前から対中政策を、長年の親中から、反中に大転換したが、日本はそれに乗り切れていないということもあり、アメリカの対中姿勢の影響も大きい。マスコミはあまりここは強調していない。

アメリカの対中政策転換の遅れは、アメリカにとっても失策だが、安倍晋三元首相暗殺はそういうタイミングで起きていることが象徴的。

昨今の中国の対日姿勢を見るに、風雲急であって、色々な対策は遅きに失しているところが多いように思うが、今回の中国からの嫌がらせ電話で既に戦争は始まっている感を持つことは大切だと思う。中国からの嫌がらせ電話は、令和の黒船ならぬ赤船なのだ。

今日も冥想を

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中国渺々

2023-08-27 03:26:23 | 時代にFace it

◎鼓腹撃壌という地上天国の時代もあった

 

中国が日本のようにあらゆる地に神仏の薫香がして、人も貴賤を問わずその所作に神仏の貴さを宿している国になることは望外としても、中国が少なくとも神仏へのリスペクトが感じられるくらいの国にすらならなかったのは何故だろうか。

 

春秋戦国時代以降、中国には長い宗教の歴史がある。儒教を宗教と見れば、儒教は、社会に秩序、君子以上に道徳をもたらすという点で大いに影響があったが、神なるものは易経には出てくるが、はっきりと大衆に意識できるような形はなかった。その不足した部分を道教が補ってきた。

ところが、20世紀に共産主義政権となることで、儒教も道教も仏教もまとめて排斥されることになってしまった。

 

聖者列伝ということで言えば、孔子、老子、荘子、達磨以下の禅の祖師たち、道教系でいえば呂洞賓や列仙伝、神仙伝に登場するような熟達の道士が多数いた。

これだけ多数の聖者が投入されてきた割には、清朝で阿片による亡国を招き、結局現代のような無神論の共産主義政権の樹立を招くことになった。

歴代各王朝は、道教崇拝の場合がほとんどで、仏教崇拝の王朝は例外的に存在しているにすぎない。だからと言って例えば唐朝が道教崇拝であると言っても、道教の窮極である昇仙を出神の延長と理解して丹薬を皇帝が服用したわけではあるまい。またその信仰はせいぜい君子の段階にとどまり、農民庶民までもが昇仙することを願った風でもない。

 

このように書くと中国・支那はまるで宗教にとって有史以来砂漠の如き状態であったかに思えるが、意外にも古代聖王の堯、舜の時代こそは、地上天国が実現していた時代だった。すなわち鼓腹撃壌の時代のことである。

 

このように中国に宗教が根付かない原因について、ダンテス・ダイジは、中国が生きていくことが非常に厳しい環境であることを指摘している。

下世話な言い方では、宗教は旦那衆の道楽と言われ、生活に余裕がないとできないものとされてきた。ゆえに中国では、君子以上でなければ、求道などできないとされ、一般庶民は明日の食糧に悩むことの繰り返しで、求道どころではない。禅僧趙州の趙州録などを見れば、庶民の困窮ぶりがよくわかる。中国では、古代を除き一貫して庶民が宗教に打ち込める生活条件にはなかったのだ。

そこに注目して中国共産党はまず全国民に飯を食わせることを目標とした。それはやがて達成され、都市に大廈高楼が立ち並ぶ現代になって、今度は共同富裕などと言い出したが、スーパーリッチは多数出現する一方で貧富の差が開き過ぎ、無数の貧困者を産んでいる。もっとも模範兵士だった雷鋒に学んだ人々は、富を過度に集めることなどしなかっただろう。

 

食べられるようになれば、人は無形の価値を求めるようになるものだが、その流れに掉さして、あくまで有形の価値希求を国家体制として推し進めるのだから、無理にもいつか限度があろう。

おそらくは、全国民が食べられるようになった時期が、中国での宗教復活のチャンスだったのだろうが、共産主義ではもともと「宗教は阿片」と決められており、神仏の出る幕はなかった。

道元は、『花は愛惜に散り、草は棄嫌に生(お)ふるのみなり』(花は人に惜しまれつつ散るが、雑草は嫌がられつつ生える。)と言ったが、中国でも花は咲く。中国では、神仏、宗教という花は稀に咲くが、根は張れなかったのだ。

 

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中国茫々

2023-08-26 03:33:14 | 時代にFace it

◎中国なスピリチュアル

 

中国で、注目すべき予言と言えば、次の2つ。

1.ダライラマの存命中に中国共産党が終了するだろう。

2.中国は4つに分裂する。(by ダンテス・ダイジ)

5年前に同じ予言を出しても絵空事として誰も顧慮することはなかったが、今は全く世間の見る目が違って来ている。

 

というのは、中国に不都合なことは中国との協定で報道できないはずの日本の大手マスコミが堰を切ったように、中国の不動産バブル崩壊による中国の国家自体の経済、財政、金融破綻の可能性を華々しく報道し始めているからである。

これは、実は異様なことであって、日中記者交換協定で、以下の外交三原則を遵守することになっているからである。

「一 日本政府は中国政府を敵視してはならない。

二  米国に追随して「二つの中国」をつくる陰謀を弄しない

三 中日両国関係が正常化の方向に発展するのを妨げない」

なお今後予想される中国の台湾進攻に際し、米軍が在日米軍基地から発進すれば、日米同盟により中国は自動的に日本の敵国となるので、この協定は困ったことになるのだろう。

 

さて中国は経済金融財政に係るいろいろな統計が不確かだったり、公表されなかったりする関係で、明確なことは言えないが、中国の不良債権総額は、少なく見ても1000兆円以上などと噂され、日本のバブル時のそれの10倍は超えるとも言われている。なお日本のバブル時の不良債権は約80兆円などと言われてきた。

中国の若年失業率は2023年7月は公表されていないが、50%を越えるのではないかという話もある。1919年の五四運動も1989年の天安門事件も大学生の運動だった。中国の大学進学率は、57.8%(2022年中国教育部)と日本を越えたが、大学生の就職状況は厳しいらしい。

 

閑話休題、霊界における中国経綸は、霊界における大物幹部である野立彦命が、先に孔子を出して治国安民の大道を天下に弘布させた。ところが、その教理があまりにも現世的に過ぎるので、追加で野立彦命は自分の身魂の分霊として老子を出現させたのだという。(霊界物語第6巻 23章 諸教同根)

※野立彦命:ダンテス・ダイジのこと。

〔原文:弘子彦司は一旦根底の国にいたりしとき、仏者の所謂閻羅王なる野立彦命の命により、幽界の探険を中止し、再たび現界に幾度となく出生し、現世の艱苦を積みて遂に現代の支那に出生し、孔子と生れ、治国安民の大道を天下に弘布したりける。 然るに孔子の教理は余り現世的にして、神界幽界の消息に達せざるを憂慮し給ひ、野立彦命は吾が身魂の一部を分けて、同じ支那国に出生せしめ給ひぬ。之老子なり。〕

 

ここに野立彦命は、閻羅王(閻魔大王のこと)であるとあるが、生前ダンテス・ダイジは、自分の役割には閻魔大王もあるのだと語っていたが、その傍証がこれである。

加うるに、ここに挙げた予言の他に出口ナオと出口王仁三郎が、中国からの空襲で京都の寺社がまる焼けになるビジョンを見たのが、大本教を立てる機縁になったことも忘れるべきではないだろう。

予言の実現内容は、時と共に変わるものではある。またネガティブ予言は、それが実現しないように人間に警告を与えるために出されているものではある。

ダンテス・ダイジのアメジスト・タブレットは、至福千年のプロローグであって、人類絶滅後のエピローグではない。

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生きている宗教、死んでいる宗教

2023-08-16 07:22:39 | 時代にFace it

◎クレージーで無思考誘導な時代と宗教

 

OSHOバグワンは、キリスト教もヒンドゥー教も死んでいる宗教だが、数少ない生きている宗教が、禅とユダヤ教ハシディズムであると語っているシーンがある。

ユダヤ教ハシディズムは、ユダヤ教の中でも数少ない冥想法の大要がわかる宗派であって、今でも覚者を出し続けているのだろう。

禅は、日本もさることながら特にアメリカで公案禅丹田禅を主要な冥想手法としながら、わかりやすい見性と十牛図を物差しに、本来禅にはない神秘主義の部分も巻き込みながら展開しているようである。

禅が神秘主義にまではみ出している図式は、老子を連想させる。

老子の悟りはとてもシンプルなものであって、禅的悟りに近いのだが、後世に老子が神秘主義の大御所に祀り上げられてしまった様子を思わせるものがある。禅では、開祖の達磨がそこまでになるのは邪道だからブレーキは効くのではないか。

OSHOバグワンは、晩年禅宣言をやったが、彼の禅への高評価が禅宣言につながったのだろうと思う。ただ彼には、禅の老師らしい峻険さがなかった。

 

フリーメーソンというのは、ユダヤ教とは別のシンボリズムを用いているようで、ユダヤ教ハシディズムとは別の宗教なのだろう。日本のフリーメーソン本を何冊か読んでも、33位階の最高位は有名な何某という話は出てくるが、導師(グル)が誰かということは一向に明かされない。故に密教的な宗教であり、また現今の導師(グル)も神を知る人物なのではあろうと思う。

出口王仁三郎は、彼らは大悪に見せて大善を為すと評してはいるが、ダンテス・ダイジは、太古の神の選民は、最後までそうかという事について疑問を呈している部分がある。

2020年の米大統領選挙は、世界のマスコミは一斉にバイデン推しのトランプ貶めだった。それと同様に今世界のマスコミは一斉に移民導入政策推しであって、日本だけが移民導入政策を強要されているわけではない。もとより移民国家である米国やオーストラリアの移民増加と、移民国家でなかった英国やドイツ、スェーデンや日本などが移民を増強されるのとでは、移民による社会の破壊圧力は全く異なる。

世界各国で民族を混淆させれば、個人主義と利己主義と相まって、自ずと不安と不満が渦巻き相争う治安の悪い社会ができあがる。全体として安定した社会として立ち行かなくなれば、人口の大幅削減策が検討されるなどということがあるのだろう。これは、全体としてバベルの塔の巨大化と言語が多様化しすぎて相互に話が通じなくなった結果、バベルの塔が崩壊した故事を思い出させる。

人為の人口の大幅削減策もあるのだろうが、地球沸騰化による農作物の大幅な収量減による世界的な飢餓の可能性は見えているのではないか。

食べることが安定しなければ、四六時中スマホを眺めて気を紛らわせるクレージーで無思考誘導な時代も直に終わるだろう。

 

万人が何のために生まれ、何のために生きるかを改めて問い直される時代に入ったのだ。

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家はみな杖にしら髪の墓参

2023-08-08 06:11:47 | 時代にFace it

◎白髪になった人、亡くなった人

 

家はみな杖にしら髪の墓参/芭蕉

 

お盆が近い。

20歳の頃に考えていた世界と60代になってから考えている世界は全く違ったものになっている。お盆で郷里に帰り、参る人も少なくなった墓所に出かけるが、昔は元気はつらつだった人が白髪になって杖をついているし、結構亡くなった人も多い。

今更ながら幸福な人生航路だったのだろうか。悔いはないのだろうか。いろいろあったのだろうが、堪えられる程度に収まったのだろうかなどと、挨拶や世間話の端々においそれと踏み込んでいけない部分は感じられる。

 

若き求道者たちも老いた。この時代がクリスタル・ピープルの卵たちが多いのは認めるが、享楽的、功利的な世界観の浸透著しく、闇バイトであっという間に有為の青年たちが簡単に闇落ちしていく例があまりにも多く、ほとんど地獄の現出みたいになっているのは不幸なことである。そもそも道を求めるというライフ・スタイル自体が絶滅危惧種になり果てた。恐ろしい時代である。

いまや冥想を日課としてやっているのは、既成組織宗教の信者とカルト信者がほとんどなのだろう。悟った正師(グル)がほとんど見つからない現状では、グルなしでマインドフルネス瞑想でもやるのが関の山か。宗派なき冥想の道は、言うは易いが厳しい。

この夏はコロナ明けでいろいろなイベントが復活したはよいが、異常高温の連続で猛暑日も三週間になろうとして一筋縄ではいかない。

またこの夏、熱中症が多いが救急病院に運び込まれる人の半数はコロナに感染している由。また例年なら熱中症では老人は転倒したりして病院に来るケースが多いが、この夏の熱中症では老人が外出中に動けなくなってうづくまって病院に来るケースが多いともいう。

 

生活環境がここまで変わってしまうと、動植物の生態系のみならず人間の居留地域も自ずと変わる流れになるのではないか。

 

数ならぬ身とな思ひそ玉まつり/芭蕉

(大意:自分など物の数にも入らない大したことのない人間だと思わないでもよいのだよ、と陰暦7月15日の玉まつりに故人を偲ぶ)

 

それでも、日々坐る。

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人間の肉体は体感40度越えの高温に長時間は耐えられない

2023-08-04 07:21:16 | 時代にFace it

◎体感気温40度になる生活環境とは恐ろしいもの

 

最近は、毎日最高気温が37度越えであり、外出すると道路の輻射熱や直射日光で、体感は45度にもなっている。人体はこれを汗と呼気の放熱で対抗して体温を下げるが、5分経過頃から顔などから汗が出たり、動きが鈍くなったりして、体温の上昇を感じるものだ。

ところが、人間の肉体は体温40度が上限の設計になっているという。

気温37度では、体温より外気温が高いので外気で肉体を冷やせないから、直に体温40度に到達する。体温40度になると生体内のいろいろなセンサーの機能により身体が動かなくなる。

 

さて最大心拍数=220 − 年齢であって、60歳なら160。

また大雑把にいえば、気温が1℃上がると1分間の心拍数が1上がると言われる。気温20度から40度に上がれば心拍数は20上がる。

よって仮に、成人(20歳から65歳)の気温20度での1分間の平静時の心拍数を70、活動時は心拍数140になるとすれば(個人差あり)、気温40度での60歳なら心拍数160は、上限に達するということになる。

老人の気温40度での活動は、この点でも危険と言える。

 

またサウナは40度越えだが、長時間は危険であることが知られている。今年の関東圏の暑さが毎日危険と連呼されているのは、実際に皆が体感されている以上に本当に危険であると思う。その意味でも東京は人の住むところではなくなったとは、今まさに現実なのだと思う。

 

昔大学の授業で、慢性の梅毒患者を故意にマラリアに感染させて40度の高熱を発生させ梅毒のスピロヘータを死滅させ完治させるという話を聞いたが、40度の高熱というのは、悪玉スピロヘータを退治するだけでなく善玉細菌もやっつけるのだと聞いたことがある。体温40度というのは限界的な体温なのだ。

 

かつてオウム真理教で温熱療法というのがあり、47度~50度のお湯に15分から20分入るというもので、結構な死者を出したと言われるが、当然のこと。

 

さらに「命がけの科学者列伝/レスリー・デンディ/紀伊国屋書店」には、18世紀に92度の乾燥した高温室に10分も入った記録はあるが、中で活動していたわけではない。当時でも湿度が低い方が高温に耐えられることは知られていた。

 

体感気温40度になる生活環境とは恐ろしいものだが、われらは今まさにそこにいるのである。万人に平等な災害では、弱い者から先に取り去られる。また大洪水で生き残ったのは無学な、山に住む牛飼いや羊飼いだけだった。

 

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涿州の洪水

2023-08-03 07:02:54 | 時代にFace it

◎ある青年が泣きながら嘆く

 

涿州楼桑村は、三国志の劉備玄徳の故郷であり、また関羽と張飛とで桃園の誓いを結んだ故地。涿州市は三本の河が流れ込むところだそうで、今般の水害では、全市避難を求められた由。youtubeでは、一人の青年が泣きながら惨状を訴え、徒歩で小さな荷物を持った老若男女が行列して避難する様子や大きな工場群を見渡す映像からは多数の「助けてくれ」の声が聞こえ、また夜間の幹線道路には無数の避難車両が渋滞でストップしている状態が上がっている。

https://www.youtube.com/watch?v=rn74TVHRA2M

凌晨涿州幾十萬居民全部撤離,幾公里的車龍全都堵在高速口,直播救援被封,跑到哪裡淹哪裡,現在只有雄安是最安全,快叫如來佛祖|洪水失控流向北京轄區)

 

洪水によって、治水もぎりぎりの判断になれば、ある低い地域を犠牲にして、ある地域を助けるということはあり得るのだろうが、実際にそういうことがあるというのは、恐ろしいものである。

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水の足りない都市北京の水害

2023-08-02 06:20:05 | 時代にFace it

◎龍・中華帝王のシンボルが怒ったのか

 

台風5号くずれの4日連続の大雨で北京市西郊外を中心に大きな水害になっているらしい。twitterには隠れて投稿したらしい動画が何本か上がっているが、先年の鄭州の数キロの地下自動車道の水没では何百台かの自動車がオシャカになったらしいが、今回の北京では片側数車線の幹線道路の車が何十台も次々と泥の奔流に飲み込まれていくすさまじい様子の動画もある。

 

北京市は、今や世界に冠たる2千万都市だが、意外や水の不足している町である。

降雨量に基づく一人当たりの年間水資源賦存量は、世界平均レベルの30分の1に過ぎない。国際基準では,一人当たり水資源量が1700㎥より少ない場合は非常に不足と判断される由だが、北京は、1949年の1,871㎥から2007年の243㎥に急速に減少した。(出典:中国・北京の水問題/松浦茂樹・趙揚/水利科学No.3092009-https://www.jstage.jst.go.jp/article/suirikagaku/53/4/53_43/_pdf)

欧州では日本に比べ水が貴重な印象を受けるものだが、北京ではそれに輪をかけて水が恒常的に不足しているのだろう。

 

北京の今の都市の外形は元代に作られたものだが、当時から北京中心地の西を流れる永定河の治水は課題だった。今般の洪水も永定河流域が中心の模様。

北京中心部は永定河扇状地の扇端部分に発達しており、中心部の地形は西北が高く東南が低い。これは、京都と東西が逆。(永定河の流域面積47,000平方kmは、利根川の約3倍)

商・周の時代、北京は薊と呼ばれ、その中心地は、今の盧溝橋のそばにあった。盧溝橋は、永定河にかかる橋であって、交通の要衝。そこで盧溝橋事件があったのも軍事的にも重要だったからなのだろう。

 

北京には官庁ダムと密雲ダムという巨大ダムがあるが、水質汚染で官庁ダムは飲料には使えないという。

何十年か前、北京では水洗トイレに紙を流せなかったが今もそうなのだろうか。

 

洪水への対応能力は、春日部などの地下神殿に見るように下水道施設のキャパによる。

北京は、上水道のキャパが小さいからそれに相応して、下水道のキャパも小さく作られているのだろうか。ならば洪水対応は厳しいのではないか。

最近石川県、九州北部、秋田県と水害があったが、復旧に必要なのはまず水。北京の水害も復旧にはまず水が必要となるが、それをどう捻出するのだろう。

 

今般の北京水害は、ほとんど報道されていないが、実は北京のウィークポイントを突いていたのではないか。もともと水の足りない都市北京が、却ってその水によって半世紀では最大の洪水に見舞われるのは、水の神様である“龍:中華帝王のシンボル”が怒ったのだろうか。そういうのはよくよくの人為の結果である。

 

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東京は人の住むところではなくなった

2023-07-19 07:25:03 | 時代にFace it

◎世界的な海水面の上昇と大都市の水没

 

昨日まで東京圏は、3日連続の最高気温35度越えで、37度~39度のところが並んだ。地表や建物壁面の照り返しに加え、太陽光発電パネルの反射も加わって、体感は45度以上という事も少なくなかったのではないだろうか。

土木建設業、配送業など屋外での労働者の忍耐と苦労も想像する以上のものがある。夕方、夜には食欲もなくなる人も多いのではないだろうか。

オフィス労働者ですら、通勤時と少々の外出時の駅への出入り、乗り換え時には、40度以上の体感を感じさせられることになってそれなりに大変である。

この夏は、7月の中旬にしてこの状態だから、夏の終わりまでには何日最高気温35度越えが繰り返されることだろうか。

 

いろいろな有力予言はあるが、世界的な海水面の上昇と大都市の水没は、わりとポリュラーな予言である。それはいわば当然に温暖化の帰結なのだが、20世紀にそういう予言を読んだ時は、何か極ジャンプが起こって温帯が熱帯になるのだろうかと想像していた。ところが、今や温帯の最高気温が5度、10度上がれば、人は窓を開けて暮らすことはできなくなって、冷房のエネルギー・コストの点から、自ずと居住地は北に移っていき、またそれに伴って海水面が上昇し、「大都市の水没」が発生してくるというのは、今なら誰でも簡単に想像できるビジョンとなった。

世界的な海水面の上昇と大都市の水没の前段として、先行して東京のような海浜都市が暑熱で人の住むところではなくなるということが起きるのだろう。

 

CO2最大排出国の中国(2016年の温室効果ガス排出量シェア23.2%で世界第1位)とアメリカ(同シェア13.6%)はCO2削減のパリ協定に対して、あまりやる気がない。中国はパリ協定に参加したが、石炭火力発電所の新設を続けており、本気で取り組んでいるとは見えない。

アメリカのトランプ政権は2017年パリ協定からの離脱を表明。2020年11月4日には正式に離脱し、バイデン政権は、2021年2月にパリ協定に復帰と迷走。

それでは、大都市を襲う暑熱の結果、日本の首都が東京から仙台などの東北に北遷するかといえば、左にあらず。そういうビジョンを見ている人は聞かない。

付け加えると、埋め立て地はなくなるというようなことが出口王仁三郎予言に出てくるがそれも地球高温化の結果かもしれない。

 

メイン・シナリオ予言に関わる全面核戦争、大地震、火山の噴火など時期の読めないファクターはあるが、それと異なり地球高温化に伴う世界的な海水面の上昇と大都市の水没はほとんどスケジュールに乗っているのだろう。

この度の秋田県の水害は、百年に一度の大雨によるもので、浸水被害3万2千世帯とも言われ、住宅浸水、車両被災などがあるのだろうか、twitter上にはやり場のない怒りをぶつけているとしか思えないツィートも多く見受けられる。

大三災、小三災というが、それは、遠い未来のことでなく、日々の最高気温35度越えのようにもう始まっている。大難を小難にするのは、日々の冥想だが、メリットを求めたり目的を持った冥想であってはならない。神のまにまに、なのである。

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スマホという大いなる時間の浪費

2023-07-12 03:28:02 | 時代にFace it

◎金と仕事以外は本気でやらないという風潮の中心

 

スマホはよいものだ。何でも自分自身がやらずに他人にやらせてそれをスマホで見ることができる。

野球やサッカーやゴルフやバスケットボールやバレーボールや陸上競技を他人にやらせて、それをスマホで見ることができる。

恋愛や結婚やセックスまで他人にやらせてそれをスマホで見ることができる。スマホではあらゆるエロシーンは勿論、他人の行った暴力や戦争のグロシーンまで見られる頽廃ぶり。

また手に汗握るモバゲーは、時に課金の痛みはあるが、ゲーム上の自分は死んでも、リアルな自分は死なないからいいやといういい加減さが付きまとう。

 

われわれは、スマホを握った単なる見物人だ。どんな興奮するイベントも他人が代わりにやってくれるので、自分でやる必要はない。時間の浪費も避けられる。なぜならそれらは、無用なことばかりで、自分がやれば面倒も起こったりするし、うまく行かなかったりするので、自分がやるほど有用な事ではないからだ。だから自分は坐って「見る」だけだ。

有用な事は、金もうけであり、金を稼ぐことであり、金を貯めることであるという人が多いのではないか。ワークライフバランスで仕事以外の事も力を入れねばならないなどというのも、言われたからそう思っているだけで、本当は仕事と金だけでいいと思っているのではないか。それも楽をして金を稼ぎたい、と。

 

このようにして、仕事と金以外のことには、本気にならない世界が出現した。地獄とは、隙あらば他人を殺したり他人の物を奪ったりして、自分だけ楽して暮らそうと思う人ばかりの世界だそうだ。日本は挨拶と礼儀が発達していて、そのような本性は見えにくいが、実態はそれに近いのではないか。

また政府が貯蓄から投資へと勧めているが、投資は市場性商品であり、ゼロサムゲームであって、誰かが儲ければ他の誰かが必ず損をする仕組み。挙句、誰かがネコババしてもほとんど誰もそれを取り返せないという仮想通貨という、まさに盗賊市場みたいなものまで出て来た。これも広い目で見れば地獄的社会実現への一歩。

 

神仏への道、冥想の道は、一見無用であることに本気で取り組むこと。無用が用であることを理屈で説明などできないが、時代は無用な事に真剣に向き合わせるように人間を追い込んでいるようだ。

冥想シーンでは、人が本気で坐ることを求めるが、薄皮を何枚を剥くようにその本気の本気度が問われる。世は無用の名のもとに、世の中全体を地獄に追い落とすが、それに反比例して真実のものを求める度合が上がって行く人もいる。そういう人を水晶身魂、クリスタル・ピープルという。

 

余談だが、

あまりにもスマホでは多くのものが見れるものだから、そのコンテンツが本物かどうか疑わしい、実は相当にフェイク情報や嘘が紛れ込んでいるのではないか。さらにそういったデータベースの上に立つChatGPTは実は眉唾ものではないか。そういった疑問も出るようになってきた。

人間は知性が発達しすぎて、何が正しくて何が誤りなのかわからなくなってきたのだ。

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「時は金なり」と無用の用

2023-07-11 03:14:18 | 時代にFace it

◎豊かな時間の使い方

 

世の中では、平気で「時は金なり」という人がいるものだ。二度と戻ってこない多くの時間を金に換えて、巨額の預金通帳を抱いて死ぬ人は多い。そのような人は往々にしてワンパターンの時間の使い方しか知らない。それは、如何にして時間を金に換えるかという使い方。その充実感と裏腹に、彼らは、内側では心配と不安に苦しんでいる。

超富裕層、あるいはスーパーリッチ一人の背後には何十万人か何百万人の経済的に貧しい人々が隠れている。その比率の著しければ著しいほど、その国やその社会は不安定である。「叫び」が大きすぎるということである。しかしながら、そういう方向に持っていこうとする勢力の力が強いと感じられる人も多いのではないか。

 

さて世の中には、瞑想(冥想)に関心ある人がいて、こんなことを言う。

「1.瞑想の用途は何ですか?

2.それから何か得られるのですか?

3.どういうメリットがあるのですか?」

模範解答はこれだ。

「1.瞑想は、金にならない。瞑想の用途などない。

2.瞑想から金は得られない。瞑想しても何も得られない。

3.瞑想しても何のメリットもない。瞑想は何かのメリットを求める瞑想であってはならない。」

 

瞑想は無用の用である。瞑想は何の役にもたたないが、瞑想それ自体があるということはある。それを無用の用と謂う。最近の98%以上の人々の頭は、あまりにも実利志向になっていて、必要性思考になっていて、闇雲に結果を求める。結果ゼロ、あるいはメリットがないことが何か悪いことであるかのような気まずさがそこに漂う。

人は死から出て死に帰って行く。死があっての生だが、死は無用の用。また人の命は地球よりも重いが、世界は、君のために存在しているわけでなく、君がいようといまいと何の変りもないというのも厳然たる事実。それが生と死の有用無用。

最近流行の非二元=ノンデュアリティ=今ここ。それには、生も死も両方含まれてこそのノンデュアリティ。ノンデュアリティとは何もないことではない。有用+無用=ノンデュアリティなのだ。ノンデュアリティは、ある特殊な心理状態ではなく、ある極限の心理状態を通過した者の「体験とは言えない体験」を言う。

覚者・聖者は、冥想を戯れることができると云うが、未悟の私はそこまでは言えない。

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素晴らしきものの代名詞ZEN

2023-07-07 06:49:48 | 時代にFace it

◎超富裕層の時代の終わり

 

欧米は何世紀にもわたって超富裕層が時代のかじ取りを担ってきた。いまや共産主義国であったはずの中国までが超富裕層が国家のヘゲモニーを握るようになってしまった。

twitterは、世界の最新の思潮を即時に反映してくれているが、それを見ていると、『超富裕層に非ずんば人に非ず』というのが、世界の人々の根本概念の一つであることを否定することはなかなか難しい。

そして超富裕層がそのステータスを維持するためには、核兵器を自分の好きにできなければならないというのも、世界の常識である。それは、平和の根源である潜水艦発射核ミサイルによる恫喝を日夜相手国に継続し続けていることに現れている。

『核保有国に非ずんば、国に非ず』というのは、北東アジアの最貧国だけの現実感覚ではないのだ。

超富裕層の隆盛の下で、貧富の差がますます拡大していることは、世界的な現象である。

 

そうした一方で、奥山の渓流の如き細々とした流れだが、冥想に取り組み続けている人々がいる。

アメリカの試行錯誤ぶりは、ZENやmeditationと称しているが、必ずしも只管打坐でもマントラ禅でもないが、パラマンサ・ヨガナンダなど多数のインド人グルや、多数のチベット密教僧が長年アメリカで活動してきたせいか、いろいろな坐法を試してみようという姿勢はよいと思う。

 

悟りあるいは神仏のとらえ方も、固定した先入観念は持たず、未悟のレベルでもポジティブに捉え、まるでアメリカの覚者ケン・ウィルバーの宗派別の覚醒へのステップの幅広な考え方が根付いたかのように思えるほどである。現代人の求道の9割方は、先入観念を落としていくことにあるから、このアプローチはフランクであり、よいと思う。

 

この時代に普通に生活していても、特に五公五民の日本では、貧困、生活苦にあえぎがち。さらに冥想修行していく場合には、貧困、生活苦の圧迫もあり、カルト、ネットワークビジネス、特殊詐欺、違法薬物などの不断の攻勢をしのぎつつ、正気を保ちつつ日々冥想修行を継続して行かねばならない。

 

さはさりながら、アメリカでは、坐ること、冥想修行、求道に対する偏見は少ないが、かえって貧困、生活苦の圧力と薬物(フェンタニル、大麻、コカインなど)の誘惑が強烈。

アメリカでZENという言葉が冥想シーンやスピリチュアル・シーンのみならず、カルチャー全体や、IT、製造業、飲食に至るまで生活全体での、素晴らしいこと、ステキなことの代名詞になったのは、ヒッピー以来の自由な精神文化の一つの大きな流れの結果の一つだろう。この点でも日本に比べアメリカは誠に先進国だと思う。

鈴木大拙、鈴木俊隆だけが、ZENの父ではなく、スワミ・ラーマなどのインド渡来僧やチョギャム・トゥルンパなどのチベット密教僧、そしてソーマ・ヨーガを示したドン・ファン・マトゥスとカルロス・カスタネダ、リチャード・バック、こうした人物がすべてZENの父なのではないか。

 

アメリカでは、率直に悟っているかどうかを必ず問題にしてくるところがよい。日本ではそれは、しばしばタブーだったり、忖度の対象だったりする。日本では、教祖や教団のトップが悟っていないことはままあるし、それを表面化させないのが大人の智恵とされてきた部分がある。

組織宗教や教団内のそのような作法はともかく、個人が人として神仏に向き合うのであれば、師匠、マスター、グルが神仏を知っている(見神見仏)というのは最低限の条件と考えるものではないだろうか。

そこは最初に誠実に取り組むべきポイントなのだと思う。

神聖な教祖が出て何百年何千年たった巨大宗教でも、爛熟しすぎて金を持ちすぎてかえってアルバニア人の女性を広告塔として様々な悪事をやらせていた事例が、ネコノミクス宣言にも出ていたが、最初は正しくても何百年何千年経てば悪の組織を持つことはあるものだ。

 

そんな逆境だが、今日も坐る。

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フランス暴動と未来の日本

2023-07-03 07:15:59 | 時代にFace it

◎貧困化する日本人とその生存率

 

夏場には、毎年のようにフランスで大規模テロや暴動が起きるものだが、今度のそれは、パリ、リヨン、マルセイユなど全国的であり、5日目になった。主体は、アフリカ系移民、イスラム系移民と言われるが、暴動、破壊、テロ、略奪、強盗がセットになっており、市役所や警察署や図書館が焼かれ、スーパー、自動車ディーラーが襲われ、路駐の車は放火されというほとんど無政府状態なことになっている。

NHK海外ニュースだけは真面目に報道しているが、地上波は総じて小ぶりにしか報道していない。

これは、フランスの移民政策の失敗とされるが、フランスは、イギリスに比し植民地政策が高圧的であった歴史の結果とも言えるのだろう。

日本では、人手不足の名目で、時しも移民を人口の四パーセントに上げようと唱えている政治家もいるほどで、移民促進策、外国留学生増加策が今まさに強化されようとしている。現外国人住民で最大数の国家は、例の反日教育を行っている国であって、国家総動員法によりフランスのような暴動が扇動実施される悪夢は容易に想像される。

既に、東京都荒川区では、住民の約1割が外国人であり、川口市の外国人住民は、現在約3万9千人と市人口の約6.4%を占めている。2年ほど前に埼玉県南部の某駅前のベンチで10分ほどいたら、通行人のほとんどが外国人であって、実際は住民の6%どころではない外国人が生活しているのではないかと感じられ驚いたことがある。

 

厚生労働省の2022年の日本人の人口動態統計(概数)では、1人の女性が生涯に産む子どもの推計人数を示す「合計特殊出生率」は、1947年以降で最低の1・26。1年間に生まれた子どもの数(出生数)は77万747人で、1899年の統計開始以来、初めて80万人を割り込み、過去最少を更新した。これが、人手不足の根拠の一つ。

出生数減少原因は、おおまかに見て、いわゆる就職氷河期世代で、結婚して子供二人作るという生活設計が立たなくなった人が非常に多い結果ではないかと思う。選挙の前に子供支援とか生活支援で一人数万円あげて、目先をごまかしてなんとかなる時代ではないのではないか。

要するに一人当たりの所得が下がり過ぎて、共稼ぎが当たり前になり(数十年前は共稼ぎが当たり前なのは低所得の社会主義国だけかと普通に思っていた。)、それでも所得は下がり続け二人の子も持てないほどの惨状に立ち至っているわけだ。

これには、非正規労働者数の増加の問題もあるが、世界一の人材派遣企業数を誇る日本の人材派遣業隆盛も影を落としているように思う。一体非正規労働者数の増加でメリットを享受しているのは誰だろうか。

 

出生数減少への対策は、雇用形態、雇用条件の改善が第一であり、移民増加政策は邪道だと思う。移民増加政策の影には売国奴がいるものだと思う。

 

日中友好の先鞭は、さる政教分離していない政党がつけたが、いまや尖閣で係争し、先端技術を盗まれ、中国軍艦が日本列島を遊弋し、出口王仁三郎が予言した中国(からくに)の日本侵攻も絵空事ではない状況になっている。

 

ダンテス・ダイジは、日本の終末について、食料危機でゴルフ場に芋を植える時代が来ることと、日本人全体の給料を半分にできるかどうかが分かれ目になることを出している。

日本の食料危機は、実質食料自給率10%(公称3割強)という話もあり、買い負けの著しい今でも食料輸入が脅かされればたちまち食料危機となるし、世界的異常気象が引き金になることもあろう。

ゴルフ場に芋を植えるとは、それしか選択肢がないということであり、よくよくのこと。

また日本人全体の給料を半分にできるかどうかというのも、既に増税と社会保険料や再生エネルギー発電促進賦課金などで、五公五民が既に実現しており、日本人全体の給料は既に半分になったとも言える。

多くの日本人労働者が感じているのだろうが、たとえば年収3百万から12百万までの範囲で段階的に年収が上がっても、額面金額ほどのリッチになった感がないのは、税金と社会保険料の賦課も累進していくからであると思う。その結果が、出生数の減少となっているのは、論証も大変だが、政府マスコミはまず言わない。

日本人全体の給料を半分にできるかどうかというのは、もう一つの側面もあって、健康で文化的な生活のできる半分の人達が給料を半分にすることで、それができなくなった半分の人達を救うということ。

これは、相当に追い込まれないとそういうことは起こらないが、そういうことが視野に入って来るほどに日本人の貧困化が進んだということである。

 

このことは、日本人に突きつけられる窮極の公案である。まるで『最愛の愛人と大親友が目の前で溺れている時に、どちらか一人しか救えないとしたら、どちらを救いますか?』という公案のようなものだ。

またその結果によって、日本人の生存率が決まって来るのではないだろうか。

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