◎帰っておいで(老子狂言)
『帰っておいで
自分が存在しているという世界の存在は
結局あらゆるものに
悪意をもっている
新宿駅で
飛び込み自殺があった
係員がレールのあちこちに散った
肉体のかけらをひろっていた
人間は無限なるもののかけらにすぎない・・・
これが最もごうまんなる人間の
至高のセンチメンタル・エゴイズムだ
人間は無限なるものの一部にすぎない・・・
かけらと一部とは似たようなものだが
月とコカコーラ程の違いがある
たいしたちがいじゃないけれどね・・・
人間は無限なるものの一部に過ぎない・・・
これが
人間性の究極の深淵である
これが人間のたましいの基調音である
これが人間性の最初にして最後の美、
あるいは人間性そのものという何ものか
君は果てしなきものの一部にすぎぬ
だから果てしなきものに帰るがいい!
もっとも、
その頃には、
君という人間性の夢も
夢の中へあとかたもなく消え去っている
とにかく、
どういうわけか、
越えていくのさ
越えていくんだ
石を越え
山を越え
彼女を越え
いとしい娘子を越え
スモッグを越え
文明を越え
ニルヴァーナを越え
越えることを越え・・・
そして
帰っておいで
今
ここに
』
(老子狂言/ダンテス・ダイジから引用)
以下【】内は上掲詩から引用。
まず冒頭のこれは読み飛ばす人が多いだろう。自分もそうだった。
【自分が存在しているという世界の存在は
結局あらゆるものに
悪意をもっている】
自分が存在しているからこそ起こる、悲劇と苦悩と不条理と新宿駅の飛び込み自殺。
【君は果てしなきものの一部にすぎぬ
だから果てしなきものに帰るがいい!
もっとも、
その頃には、
君という人間性の夢も
夢の中へあとかたもなく消え去っている】
これは、神仏へのアプローチとドッキング後の忘却を繰り返す求道者の姿。
最後のこれは、おわりなき幾転生の果てに、何回もの人生を回顧して思う
【そして
帰っておいで
今
ここに】。
これはやさしい今ここ。