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李安遠
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隋上柱国雲州刺史徹の子。
家が富んでいたため無頼で博徒と通じていた。
しかし成長すると讀書を好み友を選んだ。父の爵を継ぎ城陽公となった。
王珪と親しく、大業初に珪が処罰され配流になった時に庇った。
正平縣令となり、絳郡通守陳叔達とともに李淵の反乱軍に抗したが落城して捕まった。む
しかし淵と旧交があったため赦されて右翊衛統軍封正平縣公となった。
武德元年
屈突通を破り上柱國右武衛大將軍に進んだ。
世民[太宗]に従い軍功があって廣德郡公に進んだ。
また吐谷渾に使いして,渾主伏允を慰撫して互市を開始した。
太子建成が安遠を誘ったが同ぜず、世民の党派にいた。
貞觀初
京師を巡察して治安を守った。
潞州都督
五年~七年
懷州刺史 いずれも有能であったが厳格すぎた。
貞觀七年
卒 追贈涼州都督,謚曰密。
十三年
追封遂安郡公
李安遠
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隋上柱国雲州刺史徹の子。
家が富んでいたため無頼で博徒と通じていた。
しかし成長すると讀書を好み友を選んだ。父の爵を継ぎ城陽公となった。
王珪と親しく、大業初に珪が処罰され配流になった時に庇った。
正平縣令となり、絳郡通守陳叔達とともに李淵の反乱軍に抗したが落城して捕まった。む
しかし淵と旧交があったため赦されて右翊衛統軍封正平縣公となった。
武德元年
屈突通を破り上柱國右武衛大將軍に進んだ。
世民[太宗]に従い軍功があって廣德郡公に進んだ。
また吐谷渾に使いして,渾主伏允を慰撫して互市を開始した。
太子建成が安遠を誘ったが同ぜず、世民の党派にいた。
貞觀初
京師を巡察して治安を守った。
潞州都督
五年~七年
懷州刺史 いずれも有能であったが厳格すぎた。
貞觀七年
卒 追贈涼州都督,謚曰密。
十三年
追封遂安郡公