今日は「千慮の一失(せんりょのいっしつ)」と言う中国故事をご紹介します。
この言葉を取り上げるきっかけとなったのは、昨日、聞いた講談によるものです。
講談の筋は、皆さまよくご存知の赤穂浪士で、その中に「大石東下り」という名場面があります。
吉良邸討ち入りのため、大石内蔵助一行は、赤穂から江戸に向かうのですが、道中怪しまれないため、大石は近衛家御用人 垣見五郎兵衛と言う別人に成りすまし、投宿していましたが、本人の垣見五郎兵衛が宿の看板でこれを見つけて大石の所に乗り込んでくるという一幕です。
この時の大石内蔵助の最大のピンチを「千慮の一失」と言う言葉を使用して談じていたのです。
「千慮の一失」とは、どんなに賢い人でも、多くの考えの中には一つくらい間違いや思い違いがあるということです。
この言葉は、紀元前205年、韓信(カンシン)が井陘(セイケイ)で、「背水の陣」を用いて趙を破った時の故事で、出典は『史記』淮陰(ワイイン)侯列伝です。
その故事とは、項羽と劉邦で有名な楚漢戦争の時代の話で、漢王劉邦が大将軍に任命した淮陰の人韓信は大軍を率いて劉邦を補佐し、楚の項羽と天下を争っていました。
当時の趙国は項羽側についていたのです。
韓信は、「広武君を殺してはならない。生け捕りにした者があれば、千金で買い入れよう。」と軍中に命令しました。
すると、広武君を縛って麾下(キカ)にとどけでた者がありました。
韓信はその縄を解いて東に座らせ、自分は西に向かって相対し、これに師事しました。
広武君は辞謝(ジシャ)して言いました。
臣聞く、敗軍の將は以て勇を言うべからず。
亡國の大夫は以て存するを圖(はか)るべからず。
今、臣は敗亡の虜なれば、何ぞ以て大事を權(はか)るに足らんや。と言うと、韓信はさらに強いて促しました。
心を委ねてあなたの計に従うから、どうか、遠慮しないでもらいたい。
【臣聞く、智者も千慮に必ず一失有り】(私は聞いております、賢者も千に一つは失敗することがあります)
愚者も千慮に必ず一得有り。(愚者も千に一つは成功することがあります)
韓信は喜んでこの策をとり、趙国を降伏させたというものです。
講談に戻って、大石内蔵助もまさか垣見五郎兵衛本人に出くわすとは思ってもいなかったことでしょう。
正に「千慮の一失」であり、上手く表現したものでした。