ゆずりは ~子想~

幼い葉が成長するのを待って、古い葉が譲って落ちることから名付けられた「ゆずり葉の樹」。語りつがれる想いとは・・・

関東学生オープン

2006年02月06日 | これも自分あれも自分
レーシングスキーをしていて思うのは、なんであんな急傾斜を滑れるのかってこと。
普通の状態なら、ゼッタイに腰が引けて滑られないような角度やスピードなのに、なぜ滑れるんだろう?

真っ白なゲレンデに、今はやりの歌が流れている。
山にこだまするその曲は、先週行ったカラオケで歌った歌だったか。
リフトに乗りながら、アユミは、気持ちの高ぶりを抑えるために、注意をそらしているかのようだった。
大会コースにたどり着くと、すぐに集合場所へと滑っていく。心臓がどきどき鳴る。これからいったい、どんなことをするのだろう?私は、滑れるんだろうか。この急斜面を。練習はした。陸上でも、雪上でも、実際にポールを何本か立てて、ポールへ入る位置や曲がるタイミングなどの練習をしたはずだ。しかし、大会のコースは、練習用の直線コースではなく、右に曲がったり、左方向かと思いきやすぐに右方向へ転換したりと、山の斜面に沿って複雑になっている。不安はつのるばかりだ。

先輩が大きな声で教えてくれる。
「ポールとポールの間を滑ります。これから、コースを覚えるために、滑って下りますが、板を横にしてゆっくりゆっくり下りながら、コースを頭に叩き込んでね!」
コースを覚えるって!?どうやって?この長いジャイアントスラローム(大回転)のコースを?
真っ白なゲレンデと同じに、アユミの頭も真っ白になった。前方に下りていく選手たちに続いて、真似して下りている。だが、コースなんて頭に入ってこない。1回じゃ、無理です、先輩。頭、悪いんです、意外と。愚痴ってみるが、誰も聞いてない。みんな必死に覚えている様子。とりあえず、なんとなく覚えたつもりで、いや覚えたふりをして、と言ったほうが正しい。覚えたふりをした私は、再びリフト乗り場の集合場所へと向かった。先輩たちは、あそこのカーブがきついだの、ここのポールに溝ができそうだのと話している。アユミには、理解できない会話だった。胸につけたゼッケンが、気恥ずかしく、取ってしまいたい衝動にかられる。コースを間違えたら、途中棄権となって、失格になってしまう。そのプレッシャーにもめげそうになる。

プ・プ・プ・プ・ポー!
スタート台の合図のテストが始まっている。大会はもうすぐそこまで迫っていた。アユミのどんよりとした気持ちとは裏腹に、空は青く、すがすがしかった。

1年生の部。何人か同じサークルの子が滑った後、アユミの番が巡ってきた。少し坂になっているスタート台へ行くのにも、普段とは違ってぎくしゃくしながら上る。スキーの板が、自分の足と離れているような感覚になった。アユミの前の選手の背中を見た。彼女も、緊張している。心臓の鼓動が聞こえそうだった。
プ・プ・プ・プ・ポー!
彼女はそろーりとゆっくりと、スタート台のバーを出て行った。その姿を見て、少し安心した。自分のペースでいいんだ。そう、自分のペースだ。アユミは呼吸を整えた。深呼吸をし、雪面を見つめる。その顔は、もう落ち着いていた。大丈夫。
ついに、アユミのスタンバイだ。思ったよりも、つるつるする。ストックの先にぐっと力を入れて、後ろに引けてしまう腰を前方に移動する。
プ・プ・プ・プ・ポー!
行くよっ!
アユミは、勢いをつけて滑った。スタート台から出たすぐの斜面は、傾斜がゆるやかで、スピードが出ないからだ。両足を交互に出し、ストックで雪を蹴り、前へ前へこいだ。青、赤、青、赤・・・。順調にポールの間を滑る。大回転は、スピードが出る。ぐんぐん出る。コースの外で見守る人たちが見える。「アユミー!がんばれー!」の声も聞こえた気がした。そして途中何度も、ポールのところに出来ている溝に板をすくわれる。みな同じ場所をカーブするから、コースの雪が削れてくるのだ。
ゴールが見えてきた。必死にゴールを目指す。最後のポールを通ってからは、ゴールラインまで再びこいだ。必死にもがいた。自分のベストを尽くした!
ゴール!!!
汗をかき、ウェアーの中は熱くなっていた。すがすがしかった。達成感でいっぱいだった。青空がまぶしく、そして気持ちよく感じられた。
アユミは思った。自分はこの緊張感が好きだと。心臓が出そうになり、逃げ出したい瞬間のあとに来る、落ち着き鎮まる気持ちの動き。そして、この達成感。この心の動きが、なんともいえない快感なんだと。

ゴール付近で待っている先輩たちや同級生たちの笑顔が見えた。
「早かったよ!」
「よく滑ったね!」
嬉しかった。そして、照れくさかった。うんうん、みんなもよく頑張ってね、アユミは心の中で思っていた。

大回転の結果は、新人戦で、第6位という結果だった。大健闘だ。スキー歴は長くとも、レーシングスキーは初心者。他の選手も、同じような立場の人が多かったのだろう。そのおかげで、この記録。信じられなかった。でも、嬉しかった。
結果は、結果でしかない。そこまでの過程が大事と言うけれど、正直、よい結果もついてきたら、もっと嬉しい。結果は数字で見えるけれど、過程は数字では表しにくい。だからこそ、結果=数字に気持ちが傾いてしまう。結果=順位がついてしまったせいで、本来の充実感が失われたような気がして、アユミは不安になった。順位がついたから楽しかったんじゃない。みんなで練習して、コースで滑れたことが楽しかったんだ。人から、「すごい、すごい。」と言われるたびに、嬉しさと戸惑いとが入り混じった感情が、アユミの胸の内に渦巻いていた。
「スラロームも頑張れよ。」先輩に話しかけられ、そんな心の内は少しも見せず、素直な笑顔を向けた。

トリノオリンピック!
がんばれ!日本!

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