ゆうわファミリーカウンセリング新潟 (じーじ臨床心理士・赤坂正人)     

こころと暮らしの困りごと・悩みごと相談で、じーじ臨床心理士が新潟市で公園カウンセリングなどを相談・研究しています

エディプス・藤山直樹さん・小此木啓吾さん-2019年精神分析学会・その3

2024年10月27日 | 精神分析に学ぶ

 2019年のブログです

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 昨日は学会3日目、最終日。

 午後からシンポジウムがありました。

 テーマはエディプス・コンプレックス。

 フロイトさんの時からの精神分析の大事なテーマ。

 藤山直樹さんが指定討論をされるので、楽しみに参加しました。

 藤山さんが初めて精神分析学会のシンポジウムに登壇した20数年前もテーマがエディプス・コンプレックスだったそうで、その時の論文は藤山さんの『精神分析という営み』に収録されているとのこと。

 帰ったらさっそく読みなおそうと思いました(ブログもあるので、よかったら読んでみてください)。

 その時のスーパーヴァイザーとのやりとりや小此木啓吾さんとの討論を懐かしそうにお話されているのが印象的でした。

 さて、エディプス・コンプレックス。

 重要な概念で、藤山さんの説明でもそのことは伝わってくるのですが、なんせ経験不足でもどかしい感じもします。

 もっともっと、経験と勉強を深めなければと思いました。

 しかし、藤山さんの精神分析にかける熱意を感じられただけでもよかったとは思います。

 やはりすごいです。

 今回は3日間とも藤山さんのお話を聞く機会があって、贅沢でした。

 それだけでも、札幌まで来た甲斐がありました。

 今後も、もっともっと、勉強を深めていきたいと思います。          (2019. 10 記)

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 ゆうわファミリーカウンセリング新潟(じーじ臨床心理士・赤坂正人・個人開業)のご紹介

 経歴 1954年、北海道函館市に生まれ、旭川市で育つ  

    1977年、ある四流私立大学文学部社会学科を卒業、浦和、新潟家庭裁判所などで家庭裁判所調査官として司法臨床に従事する  

    2014年、定年退職間際に放送大学大学院(臨床心理学プログラム・修士)を修了 

    2017年、臨床心理士になる

 仕事 個人開業で、カウンセリング、心理療法、家族療法、遊戯療法、メールカウンセリング、面会交流の援助などを研究しています

 学会 精神分析学会、遊戯療法学会会員

 論文「家庭裁判所における別れた親子の試行的面会」(2006・『臨床心理学』)、「家庭裁判所での別れた親子の試行的面会」(2011・『遊戯療法学研究』)ほか 

 住所 新潟市西区・北海道東川町(夏期)

 mail  yuwa0421family@gmail.com    

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新潟のじーじのおうちは孫娘たちも大好きなかくれんぼランド(?)-遊ぶことのちから

2024年10月27日 | 遊ぶことのちからを考える

 たぶん2017年ころ、孫娘たちが6歳と3歳のころのブログです

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 またまた、孫娘たちが遊びに来てくれました。

 つい最近、ディズニーランドに行ってきたとのことで、上の孫娘はアナの光るペンダント、下の孫娘は光る魔法のつえを自慢そうに見せてくれます。

 ペンダントやつえからは不思議な音まで聞こえてきて、最近のおもちゃはすごいです。

 その後、じーじのお部屋で、上の孫娘はリカちゃんのぬり絵を上手にぬり、下の孫娘ははさみでアンパンマンのぬり絵を切っています。

 ぬり絵は切るものじゃあないんだがなー、と思いながらも、楽しそうに切っているので、うまいなあー、と思わずほめてしまいました。

 さらに、いつもは近くの公園に遊びにいくのですが、この日は雨。

 そこで、家の中でかくれんぼをすることにしました。

 いつもは広い公園でやっているかくれんぼをせまいじーじのおうちでできるか心配でしたが、そこはじーじの孫たち、うまく隠れるところを探しては、もーいいよ、と合図をします。

 1階の納戸や洗面所、2階のばーばのお部屋やママの弟のおじさんのお部屋、洗濯物干場などなど、うまく隠れています。

 ポイントは、すぐには見つからないけれど、少しすると見つかるような場所、ということ。

 子どもたちの遊びごころはすごいです。

 じーじのせまいおうちは、たちまちかくれんぼランドに変身しました。

 孫娘たちの遊びごごろに触発されて、じーじの遊びごころもどんどん大きくなるようです。

 小さな孫娘たちに感謝、感謝のひとときでした。       (2017.2?記)

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 2020年9月の追記です

 かくれんぼは精神分析でも時々取り上げられるテーマです。

 なかなか見つからないはずという遊びごころと、見つけてもらえなかったらどうしようという不安と、見つけてもらえるはずだという信頼感の間で、揺れ動く子どものこころの遊びでしょう。

 きっと見つけてもらえるはずだという安心感があってこその遊びなのでしょうね。       (2020.9 記)

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 2021年12月の追記です

 今、読み返してみると、ぬり絵は切るものじゃあないんだがなー、と思いながら、というところは、おとなの都合ですね。

 楽しそうにしているところを見て、余計なことを言わないで済んでいますが、子どもの創造性や工夫ややる気を優先すべきでした。まだまだ勉強不足ですね。       (2021.12 記)

 

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