マイケル・オンダーチェ『イギリス人の患者』
幸せな時間だった。
本を開くのが楽しみで、ゆっくり読み進める間は満ち足りていた。
良質な物語が展開されることはわかっていた。マイケル・オンダーチェなのだから。
ただ、何年も前に観たこの小説を原作とした映画『イングリッシュ・ペイシェント』は、ぼくの好みからは少し離れていた。
映画が好きではないからといって、原作を読むことにためらいはない。なにしろマイケル・オンダーチェなのだから。
庭仕事をしていた女は、天気の変化を感じ屋敷へ向かう坂を上る。イトスギ、柱廊、台所、暗い階段、長い廊下、部屋の中の庭園、あずまや。
そこに置かれたベッドに横たわる男の体を女は洗う。黒く、両足は破壊され、それは火傷で、一番ひどい箇所は骨、剥き出しの?
最初の1ページ目からイメージが溢れ出てくる。
死にそうな男がつぶやく。えっ? 何?
男が語る物語は、静かに心の中に染み込んでくる。
ここは、かつて野戦病院として使われていた屋敷。第二次世界大戦の末期。
戦線が移動するとき、若い看護師のハナはここに残って1人で男の世話をすると決めた。彼女は博学な男に心酔している。
操縦していた飛行機が墜落し大火傷を負った男は、砂漠の民ベドウィンに助けられ生き延びたのだった。
屋敷の周囲は、ドイツ軍が埋めた地雷が散らばっている。
やがて、ハナの父の友人、地雷の撤去にやってきた兵士ら4人が屋敷で暮らすようになる。
御伽噺のような、束の間の幸せな空間。ところが、思いもよらない展開をみせる。
読了後、適当に本を開き目に入った箇所を読み返す。全文を暗記するにはほど遠く、新たな発見をしつつ読める幸せはまだまだ続く。
装丁は緒方修一氏。(2024)
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