http://mainichi.jp/shimen/news/20140420ddm003010061000c.html
どう動く:集団的自衛権・識者に聞く 柳沢協二・元官房副長官補
◇事例は机上の空論
「安倍晋三首相の私的懇談会『安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会』(安保法制懇)は現実には想定しにくい事例を挙げている。北朝鮮が戦争するには中国の支援が必要で、武器は中国から陸路で運ぶため、臨検(公海上での船の強制検査)は役に立たない。米国本土やグアムに弾道ミサイルを撃つときには、在日米軍も狙われて日本の有事になる。重要なシーレーン(海上交通路)に機雷を敷設し、無差別にタンカーを狙って世界を敵に回すような国はない。どれも集団的自衛権の行使が必要だと主張するための机上の空論だ。首相が歴代内閣の発想と違うのは、米国の行動を所与の前提にするのではなく、日本から先に『こうする』と言おうとしている点だ。首相の2004年の著書にあるように、日米同盟を完全に双務的なもの、『血の同盟』にするという思いがあって、論理的につじつまが合うかどうかは問題になっていない」首相の祖父、岸信介は首相在任中の1960年、「(米軍に)基地を貸す、経済的援助をする。そういうことは日本の憲法でできる。集団的自衛権という言葉で説明してもよい」と国会で答弁し、集団的自衛権の行使は憲法上、完全には否定されていないとの認識を示した。しかし、現在は、便宜供与は集団的自衛権の行使に当たらないという解釈が国際的に定着している。首相が集団的自衛権にこだわる背景に、祖父の影響を指摘する見方もある。「米国が日本に望んでいるのは何よりも有事の際に在日米軍基地を守ることだ。これに集団的自衛権は必要ない。そして、米国がアジアで手が回らない部分を日本が政治的に補完する。軍事面では情報共有や補給だ。日本に前線に出てほしいのではない。米国は中国と新たな大国関係をどう築くかに苦労しており、むしろ日本が余計なことをして日中間の緊張が高まるのを心配している。集団的自衛権の行使を認めて、歯止めがかかるのかも疑問だ。米国から要請されたら、助けないわけにはいかない。日本は米国の武力行使を一度も批判したことがないのだから」日本に集団的自衛権の行使を求めたことで知られるのが、アーミテージ元米国務副長官らが作成した「アーミテージ報告書」(00年)。ただ、12年の第3次報告書はアジアの安定に日米同盟が果たす役割を強調したものの、提言順は(1)エネルギー(2)経済・貿易(3)近隣外交(4)安保政策−−で、安保分野に必ずしも焦点を当てた内容ではなかった。「仮に自衛隊に犠牲者を出してでも貫くべき国益を政治はきちんと説明できるのか。自衛隊をイラクに復興支援で派遣したときには、1人でも犠牲者が出れば内閣がつぶれるという緊張感が与党内にあった。それに比べて今の議論は観念論、技術論の域を出ない。1959年の最高裁砂川事件判決が集団的自衛権の行使を是認しているとは読めず、この判決を基に一内閣が閣議決定で憲法解釈を変えるのは筋が通らない。公明党は連立政権を離脱してでも踏ん張るべきだ」「平和の党」を掲げる公明党は集団的自衛権の行使容認に一貫して慎重だ。山口那津男代表は「公明党はゲタの鼻緒。鼻緒が切れたら歩けなくなる」と自民党をけん制する。首相は与党協議を丁寧に進める構えだが、なお隔たりは大きい。【構成・飼手勇介、写真・矢頭智剛】=随時掲載
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■人物略歴
◇やなぎさわ・きょうじ
1946年、東京都生まれ。東京大卒。防衛庁(現防衛省)官房長、防衛研究所長などを経て2004〜09年、小泉内閣から麻生内閣の官房副長官補を務めた。NPO法人「国際地政学研究所」理事長。