〈連載「取り残される人たち」検証マイナ保険証〉④
従来の健康保険証の新規発行が終了し、2日からマイナ保険証を基本とする仕組みに移行した。制度移行の裏で、デジタル化の恩恵を受けられず、取り残される人たちを訪ねる連載の4回目は、難病を抱える患者女性の不安の声。
◆自力で体を支えられない人はどうすれば
顔に人工呼吸器を付け、電動の車いすに乗った吉村友梨さんが姿を現した。
全身の関節が柔らかくなる「エーラス・ダンロス症候群」という難病で、自力で体を支えられない。
「自分で座位を保てない人はどうするのか、国は考えているのだろうか」
吉村さんは、マイナ保険証の導入に関して、こんな不安の声を取材班に寄せていた。
先天性の疾患で気管軟化症、呼吸不全、それに伴う合併症が複数ある。現在30代後半だが、この難病に診断されたのは20歳のころ。それまでは、ぜんそくと診断されていた。
取材は10月上旬、長野県内のホテルの広めの個室で行った。落ち着いた環境で話が聞きたかったからだ。パートナーの50代の男性にも同席してもらった。
◆保険証廃止のニュースに驚き、焦り
「こうやって起きているときはよいのですが夜、寝るときに、あおむけになると気道がつぶれて、ほぼ自発呼吸ができなくなります」
トイレは特殊なロボットを使う。スマートフォンは両手で持たないと、肩を脱臼してしまう。
一般的なスプーンなどを持つと病気による手のふるえから、食べ物がスムーズに口に運べないため、食事は特殊なフォークとスプーンを使用。のみ込む力が弱く、誤嚥(ごえん)性肺炎にならないために、肉などの大きな具材はハサミで小さく切る。
入浴はパートナーの男性に手伝ってもらう。
通院は2~3カ月に1度。県中部の2つの病院に通う。
「保険証廃止」というニュースを聞いたときの驚きは忘れない。マイナ保険証どころか、マイナンバーカードすら取得していなかった。
保険証がないと病院にかかれない。「正直、びっくりし、焦りました」
◆カードリーダーの位置が高すぎる
マイナ保険証で病院を受診するには、カードリーダーを操作し、暗証番号を入力するか、画面で顔認証しなければならない。
「顔認証するにも、自分は人工呼吸器のマスクをつけているので認証ができないと思い、がっかりしました」
そもそも車いすで病院の窓口に行っても、カードリーダーの位置が高すぎて使えない。
車いすから身を乗り出そうとすると、体を支えられず転倒するリスクがある。「万が一、転倒したら自力では起き上がれないので怖いです」と話す。
今通っている病院の一つは、マイナ保険証でしか自動で受診受け付けできる機器がないため、職員がいる別の受け付けに行く必要があるという。
◆「どうしてそういう大事なことを説明してくれないの」
マイナ保険証に登録していない人は、申請しなくても、保険証の代わりとなる「資格確認書」という書面が交付される。
そのことを記者が説明すると、吉村さんは「資格確認書の詳しい手続きのことまで、よく知りませんでした。厚生労働省のホームページを見ても分かりにくくて」と打ち明けた。
その上で「どうして、そういう大事なことを病院や薬局で丁寧に説明してくれないのか。国には障害者、高齢者、そして情報過疎の人たちは目に入っていないように感じます」と、国の対応に疑問を投げかけた。
取材を終えた後、東京に戻る中央線特急「あずさ」の車内で吉村さんの気持ちを考えた。
理屈ではない。思うように身体が動かず誰かに助けてもらいながら生きている人にとって、医療機関を受診するという手続きの一つ一つにつまずくことが、とてつもなく不安な気持ちになるのだ、と。(長久保宏美)
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