真の部分では知っている筈の遠い確かな魂の記憶は、
肉体を纏っているからこそ、今はただ
霞みがかったぼんやりとしたベールに包まれている。
けれど私がこの人生のチャプターを全うした暁には、
物質世界の様々な制限から解き放たれ、
いよいよその本質は面(おもて)へと浮上し
自由になったその魂は 新たに息づく。
【目に視え手に触れられる事のみが全て正しい】と
未だ多くの人々が思う この時代に生きることは
かつて言い知れぬ息苦しさを感じたこともあった。
説明する事はとても難しいが 私は転生を信じている。
肉体を纏う時、神の愛の顕われとして
過去世での記憶は
忘れるようになっている とされているが
私はそれぞれの過去世の記憶が朧げながらある。
それを立証する術はないが
私が経験したと思われる幾つかの転生は
どれも短命であったようである。その為なのか
これまでの過去世の中で 想い半ばにして
成しえなかった事を今生 具現化し 叶えるために
この肉体を纏ったのか、今 私がお世話になっている
この肉体は、有り難くも健康に恵まれている。
生を受けてからの何十年、つき指 打撲 捻挫 骨折
開腹、入院など経験したことはなく
風邪をひいても私の場合割と熱に強いので薬も飲まず、
いつの間にか自身の自然治癒力で治ってしまうので、
これまで薬にもお世話になった事が殆ど無い。
しいて言えば・・・・・・
( 4月の4才の誕生日、とっても嬉しくて身体から溢れる喜びを
全身で表現したかった私は自宅の和室を闘牛の様に(笑)
頭を低くして何度も走り回っていたが勢い余ってブレーキが利かず
猪年ではないが 猪突猛進が如く柱にもの凄い勢いで突進し、
身体は畳の上に跳ね飛ばされた。その時は痛い、というよりも
頭がしびれたような感覚だけだったが 次の瞬間
自分の顔に生温かい赤いものがトローッと伝い瞬く間に
白いブラウスが赤く染まるのを見、それに驚いた私は
烈火のごとく泣き叫んだ。丁度夕食の支度をしていた母は
尋常ならぬ私の叫び声に走り寄り、パカッと開いたおでこと、
血まみれの私を見て、わなわなと震えさぞかし驚いていたが、
タオルを頭に巻いて私をおんぶして近くの病院に
連れて行ってくれた。私は4才の誕生日に麻酔もかけず
病院で額を縫って貰った。
あとは、浪人していた時に帯状疱疹になったくらいだった)
なので毎年人間ドックを受け、その検査結果を見ても
薬を服用する様な所見も無く順調そのものだったので
生きとし生けるものには全て寿命があるということを
知ってはいても、何処かで 人も動物も
ずっと健康で暮らせるものと思っていた様な気がする。
しかし昨年の11月下旬、愛猫のある症状をきっかけに、
【命には限りがある】 と いうことや
【 1日1日、今、この瞬間を大事に 感謝して
一日一生が如く 精一杯 丁寧に 込めて生きる】
ということを 改めて気付かせて貰った。
以前から、私の住まう地域からそう遠くない場所に
とても評判の良い動物病院があるのは知っていた。
時々通りがかると、何十台も止める事が可能な
駐車場は常に一杯で、病院の外にはのんびりと
犬を連れた人達が待つ光景が印象的だったが、
特に彼の身体が切羽詰まった状態でもなかった為、
「こんなに外で待つ人が居るという事は実際、
診察して頂くまで何時間も待つんだろうなぁ~」と、
その時の私にはどこか人ごとだった。
それから半年程たった昨年の11月、彼の身体に
ある症状が見られたので この病院に伺う事にした。
彼にとっては久しぶりとなる血液検査だったが、
数日前にあった ある1つの症状を除けば、
花粉などのアレルギーに反応しているかどうかなどが
判るかもしれないと、私の心中は穏やかであった。
しかし、結果は思いもよらぬものであり愕然とした。
彼と暮らす当たり前の 平穏な日々の中で、
一度たりとも思わなかった事を現実につきつけられた。
私の願いにも似た、健康でずっと長生きしてくれる、
そんな風に信じて 疑わなかった長年の想いは
浅はかな思い込みのように思え、虚しかった。
幸い、複数いらっしゃる先生の中から、
信頼出来そうな、テキパキした敏腕と思われる院長が
彼の担当になって下さった。豊富なご経験値から
瞬時に幾つものご提案を下さり、流れ作業ではなく
時間をかけて細やかなご説明をして下さるので、
本当に心強い限りである。恥ずかしながら先生との
初対面で 想定外の事を少し伝え聴いた時には
思わず涙してしまい、これ迄も何度となく
涙を流してしまっている。
数年前まで毎年受けていた健康診断でも 気になる
所見は見当たらず、これまで彼は薬を服用することも
注射をしたり動物病院へ通ったりすることも皆無だった。
しかし今、毎日 2種類の薬を飲み、毎週のように
病院に連れて行かれ 血液検査をしている。
ラッキーなことに これまでは拒否することもなく
ご飯に混ぜた薬を受け入れ 食べてくれていたが、
一週間程前から、薬に気付いたのか?
一切受け付けなくなった。先生に相談すると、
2、3日、薬をやめてみましょう、と言う事だったので
普通の食事に戻したものの警戒してか1日半も
何も口にしなかった。また 食事を取らない中、
何度か戻したりもしたので今度は脱水症状が懸念され、
場合によっては点滴をお願いしようとしていたが、
願いが通じたのか少しづつ食事をしてくれる様になり、
2日程なかったお通じがちゃんとあった時は感動した。
この4日間程、薬抜きのご飯を食べていたが、
昨日からまた薬入りのご飯にした。しかし、
動物特有の研ぎ澄まされた嗅覚は 誤魔化せず
薬が入ったものは上手くよけ、いつものドライフードのみ
食べていた。薬を飲まなくても身体の状態が
保たれるのであれば、勿論、薬を飲ませることは
したくはないが、薬を飲まないと彼の身体は
衰弱する事も判っていた。
日付が変わった昨日の夜中、泣くまい、と
思っていたのに、色々な思いが巡り泣けてきた。
「どうしたら薬を受け入れてくれるのだろう・・・・」
そして神に祈りを捧げ、心の中で神に伺った。
「この子の思いを感じ 受け取ってあげるには
どうしたらいいのでしょうか・・・・・」 と。
この時 彼は 私の腕に乗っていた。
神に祈りを捧げ終わると 腕の上のこの子はある一点を
ジッと見つめた。私も何となく同じ場所が気になって
彼と共にある一点を見つめた。すると、変な例えだが
家の外壁を何か大きなものがグルグルと回っている様な
鱗のようなものがザラザラと擦(こす)れる様な音に加え
更にミシミシ、バリバリという割と大きな不思議な音がし、
今度は部屋の中で10分位の間 高いラップ音がなった。
夜中の3時近い時刻だったが 特に怖いとは思わず
音の根源を探るべく電気をつけ 玄関を開け
外の音に耳をすまし 様子を伺ったが風の音でもなく、
雨も降ってはいなく、よその猫や人の気配でもなかった。
そんな確認作業の直後、彼はスタスタとご飯皿の前へと
歩いて行った。お皿には 前日の夜 食べ残した
ドライフードと、警戒し決して食べようとしなかった、
ドライフードよりも少し大きい薬入りのタブが入っていた。
一昨日はお皿に何度か近づくものの 怪しいと感じ
すぐに向きを変えまた炬燵の中へ、だったのが驚く事に
明らかに大きさの違う薬入りのタブを 僅かに残った
ドライフードと共に何の躊躇なく
ペロリと食べてくれたのである。その様を見た時、
本当に有り難くて、嬉しくて、感動した。
「有難うね」と 何度も言って彼を抱きしめ撫でた。
去年、検査結果が出る前に、自身の産土神社を想い
彼のことで祈りを捧げた時、鳥居の上、左右から
威厳に満ちた黒っぽい大きな二体の龍が現れると
二体の龍は鳥居の中心に向い 身体を縄のように
ねじってスーッと空へと昇っていったのを視た気がしたが、
もしかすると昨日の夜中、外壁を鱗のようなものが
ザラザラと擦れるあの音は、あの時の龍神様が本当に
家の周りに来て下さったのではないだろうか、と
龍年の1月吉日にふいに思った有り難い出来事だった。
これから先、私自身が更に謙虚にそして無理なく
背伸びをせず自身を研ぎ澄ます事によって種を超えて
愛する彼の魂が発する本当の想いを
感じ取らせて頂ける日が来るのかもしれない。
薬に関しては 恐らくこれからも、
試行錯誤を繰り返してゆくだろう。
不思議な事に昨日から彼は 何度も
私の腕の上に乗ってくる。私はそのかん
彼が腕に乗った状態のまま、pcのキーを叩き
ブログを更新する事もあるが、pcを開いてない時は
彼が腕にドカッと乗ったままの状態で1度に30~40分、
彼が納得して私の腕から離れるまで
彼の身体に手を置きヒーリングをする。
彼はその時、とても気持ち良いらしく、私の腕の上で
まぁるくなって 顔をうずめ、安心しきって
スースーと可愛い寝息を立てて眠ってしまう事もある。
今まで折角 色々な先生からヒーリングを習っていても
怠け者の私は そして生活の中でもその必要性を
余り感じる事もなく ヒーリングをする事は殆どなかった。
けれど 今 私は 愛する彼の為に毎日喜んで心から、
優しく穏やかな気持ちで ヒーリングを続けている。
それは機械に長年かぶっていた埃が
取り払われ、稼働し始めた様な 心地良さでもある。
薬というのは大なり小なり その副作用があるが、
私は薬をタブに詰める時、この薬のプラス部分だけが
彼の身体に浸透し細胞がイキイキと光輝くのをイメージする。
そしてこの薬を丸める時、いつも自然に
【これは愛という名の結晶そのものである】と、
毎回 温かなイメージが湧いてくるのである。