イタリアの風に吹かれて ~con te partiro~

前世(かこ)から未来(いま)へと紡がれし時の記憶
あなたと交わした約束の欠片を辿る遥かなる愛しき旅

日本のゴーギャンと言われた日本画家 田中一村

2024年09月29日 02時53分24秒 | 感動

不喰芋と蘇鉄 (くわずいも と そてつ)
ネットの画像を使用していいのか判断に迷ったのでアナログですが(笑)
テレビを見ながらテレビ画面を写したので

実際の作品の色とは かなり違います。
実際の作品は緑色に深みがあり蘇鉄の葉の色も美しく
感動的な素晴らしい作品でした



ある番組を見終わって「さぁ、寝ましょう」としていると
そのすぐ後の番組予告があって深夜でしたが、
惹かれるものがあり見ることにしました。

番組タイトルは「バラカンが見た奄美大島」

ピター・バラカンさんが惹かれた
日本画家 田中一村(いっそん)が亡くなるまでの
19年間暮らした奄美大島の雄大な自然と
亡きあと日本のゴーギャンと称された一村の芸術を
生前の彼を知る人達の話を織り交ぜながら辿るステキな番組でした。

テレビ画面越しでしたが、一村の作品の緑色は奥深く
静かで それでいて鮮やかで
ため息が出るほど美しく一瞬にして 心を鷲掴みにされました。
日本のゴーギャンと言わしめた作品が放つ生命力と力強さに
そう評されること、至極納得し同時に
存命中に評価されなかったことが残念でなりません。

番組では、幾つもの一村の作品を紹介しましたが
私が特に惹かれたのは不喰芋と蘇鉄」でした。

実家の自室から見える蘇鉄を春夏秋冬眺め
共に成長してきました。

大きく厚みがあり、ともすれば指をスッと切ってしまうような
強い葉も蘇鉄のたくましさを表していますが
蘇鉄は本当に生命力が強く、台風並みの暴風雨にも
 もろともせず ずっしりと根をはり、
しっかりした大きな葉をしなやかに揺らしていて
「蘇鉄ってすごいなぁ」と思っていました。
一村の描いた蘇鉄の葉を見た時
瞬時に実家の蘇鉄の葉が想い起され 懐かしく
「そう、そう、蘇鉄、この葉だよね・・・」と
感慨深く見入っていました。

世の中には、知られていないだけで
数えきれないほどの才能が溢れていると想像します。

先日、素敵な場所での展示会のオファーを頂きましたが
今年は作品を描く手を含め今迄ないがしろにしてしまっていた
身体のメンテナンスの年なので辞退しました。

ゴーギャンの鮮やかな色の作品と重なる
田中一村という素晴らしい画家の存在と作品を知り
本当に良かったです。
ゴーギャンの描く作品そして田中一村の描く世界好きです

批評家のそれではなく、
その人の放つ言葉以上に
文字や 描く作品や演奏(音)や料理etcが
その人の本質を物語っていると常々感じます。

また、それぞれに纏っているオーラーの色の服や
アクセサリー他を身に着けるとその人が輝くと感じています。

亡き父は赤がとても似合っていましたが
恐らく魂のオーラは赤だったのでは、と感じます。
行動力がありリーダーシップのあった父を物語る色でした。
父はそれを無意識に感じていてだからこそ
生前 赤い帽子や服を身に着けていて
周りから見てもそれらがシックリきて
似合っているなぁ、着こなしているなぁ、という
印象を与えていたように思います。

好きな色が必ずしも似合う色ではないので
テレビを見ていたり
街中ですれ違う人をみている時、
「あ、この方は〇〇色の方が似合うなぁ」と思ったりしますが
それは その方の纏う(持っている)オーラだからのような気がします。
自分の本質、自分に似合うものが分かってくると
流行に惑わされることもなく
自分を輝かせ美しく見せてくれる色であり
デザインを選ぶようになる(シフトする)そんな風に思います。

髪型もそれぞれの髪質や顔の輪郭に合ったデザインは
その人をより素敵に見せる、そんな気がします。

私は長い期間、好きな色は?と聞かれると
緑色と答えていましたが(黄色も紫も好きでしたが)
何年か前からは
赤、マゼンタ、黄色、金色に惹かれ身に着けていますが
魂のオーラの赤や紫、ピンク、金色は
やはり周りの方から似合うと言って頂きます。

キッチンは気づけばゴミ箱も含め
元気の出る黄色の雑貨を選んでいます。

世の中に溢れる色をみながら
色の持つパワーを感じます。

私が参考にしている色の師匠は人ではなく、
自然界の植物であり、鉱物であり、生き物です。
自然界にある人を感動させる美しい色は
人間がどんなに頑張っても作り出せるものではなく
だからこそ自然界をリスペクトせずにはいられません。

朝日、夕日、降り積もる雪、雪の結晶、朝露
雲、夜空、太陽の輝き、虹、紅葉etc
大いなるこれらの美に触れる時、
改めて自分の小さき、を知り謙虚になれるのです。





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